保育所

言葉なんて子を捨てる親と保育所のやりとり

ぼくが週二でフランス語を喋っていた頃

 ぼくは大学生だった。やめてしまったから、二一歳なのに過去形なのだが、それはとても輝いていた。ぼくが失在していなかったころ、と言ってもいいかもしれない(失在という言葉については過去のブログを参照してください)。ラインもやっていたし、ツイッターもやっていたし、バンドも動くことはなかったけどやっていたし、大学に行けば少ないながらも友達がいた。人と関わることに精を出していた。それ以外には何もしていなかった。

 類は友を呼ぶというか、週二であったフランス語の授業で、FtMかFtXらしき同級生があった。バンドメンバーはXジェンダーだった。恋人はMtFだった。ぼくはMtFだった。すべて、もう連絡が取れないようにしたので、ぼくは過去形で語るしかない。ぼくはMtFなのかもよく分からなくなった。性自認についてはいずれか話したい。

 友人が、起業しに広島に行くという。ぼくはバイトの面接を前にして緊張感を味わっている。iPodから歪で綺麗なスピッツが流れている。甘いベーゼで満たされて……恋人のことを思う。大学で唯一手に入れた数少ないフランス語の語彙が、モノクロームの思い出を総天然色に変えてくれるような、モノクロームの思い出ゆえに今を総天然色に変わるような、優柔不断な気持ちになる。そのあとにXジェンダーの同級生のこと。そのまま性自認は変わってないだろうか。ぼくは脱ぎ捨てるように変わってしまった。

 変わることは良いこととも悪いこととも言えない。しかし、そこにはいつも昔の魂の居場所を思う、郷愁の心が眠っているのだ。