保育所

言葉なんて子を捨てる親と保育所のやりとり

ぼくはどこにもいけないぼくたちはどこにもいかないだろう

 金もないし、ここから全て抜け出したい気持ちになったので、家のものをほとんど売った。三万かそこらだった。

 新しい恋人は凄まじい妬き餅焼きなので、安心させるにはと思って人間関係を全て切った。きっとぼくは、どこにでも行けると思った。三万円は今までにない大金だった。でも携帯料金を払った。精神科のお金を払った。薬は自立支援が効いてても高い。残ったのは一万八千円だった。次の月には無くなっているだろう。ぼくはすべての鎖を断ち切ったつもりで、全裸になっただけだったのだ。実家住みは楽だけれど、親と話しているととてもつらい気持ちに襲われる。地べたと変わらない安物のカーペットの上で毛布に包まっていると、ぼくはどこにも行けないんだということが、刻々と迫ってくる。ぼくは二十一で、同級生はもうスーツも脱ぎ捨て、一年後には新しいスーツで電車に乗っているのだ。ぼくは電車にすら乗り慣れない。こうして自分を惨めに飾り立てているのは、地べたに座って、他人とは違う視点だということに誇りを持っているようで嫌だ。そんな人間いくらでもいる。ぼくは家の中で家の中の景色を見ているに過ぎない。

 バイトの面接、頑張って溌剌とできるだろうか。金を稼ぎ、家を出たい。スーツは着たくないけれど、そのうち、願う居場所に叶う未来を見たい。