保育所

言葉なんて子を捨てる親と保育所のやりとり

クサる-ナエる #novel

 どうしたものか、一人暮らしを始めたというのに、世話グセが治らない。アパート全員に蕎麦を配ったかと思えば、寂しいベランダに家庭菜園を始めてしまい、部屋には直したガラクタばかりだ。自分には優しくできないくせに、物にも人にも優しくしてしまう。ぼくはそれが本心ではないことに安心しつつも(本心ならば、それは敗北だからだ)、母性本能的なものが染み付いてしまったのではないかと不安がっている。

 縁を切ろうと思っていたのに、親とは月二で通話している。二ヶ月にいっぺん、食料と種が送られてくる。二ヶ月ごとに、少しずつ、ベランダが埋まる。

 今日はギターを取りに行く日だ。オンボロのギターを2300円で買い、どうにかぴかぴかにしたものの、電装系はてんでわからず、業者に丸投げしたのだった。ぼくはそのうち保健所にでも行って猫や犬でももらってくる気がする。そして甘い声を出して、餌をやり、甘やかす。

 そんな癖がついたのは、弟の面倒を見ていたからだった。弟のことを言うと自然とマイナス評価になる。悪口ではない。ぼくに悪意はない。客観視でも、神の視点でも、マイナスなのだ。どうしようもなく、どうしようもない人間だった。詳細を述べることは弟のことを思ってしない。しかし、恨み節を一つだけ言わせてもらえるなら、家に居た二十二年間で、世話グセがついてしまったのは弟のせいだ。

 神様が(ぼくはあまり神様を信じないけれど、仮に)子孫を残せないぼくに(ぼくは生殖機能がない)、母性本能の発芽や子育ての疑似体験として、弟を置いていったのなら、神様も恨む。ぼくは世話をされたいけれど、世話はしたくない。世話をすると言うのは敗北で、頭を下げて許しを乞うのに似ていると思う。すっぱい葡萄で子育てや世話にそのような思考を抱いているのかも知れない。愛する人との間に未来を遺すことができない。そういう選択肢を取るカップルも、今は増えてきたけれど、そういう選択肢を取るということと、そうせざるを得ないのは別だ。

 

 ぼくは深く考えないようにした。明日からまたバイトだ。今日はバンドの練習。

 昼の薬を飲んだぼくは、日焼け止めを塗って外に出た。隣人が隣の部屋の鍵を開けていた。

「こんにちは」

 隣人は小さな声でおうむ返しをする。急いでドアを閉めたように見えた。なんだっていいさ。駅前のギターショップへ行く。

「こんにちは」

 当たり前だが、直されたギターはちゃんと音がした。買ってから僕は、弦巻きを変え、裏のバネを変え、サドルを変えた。業者には電装系を全て変えてもらった。捨てられていた子猫をトリマーに預けた気分だ。

 音楽スタジオの予約が残り近づいていたので、走る。階段を駆け上がり、スタジオのドアで一息つく。磨りガラスでない部分から、待合の机が見え、メンバーがまだ一人も来ていないことに気づいた。

「あの、七時からの吉田なんですけど」

「ああ、どうぞ」

 バンドは、楽しい。曲だけは後世に残したいと思う。遺伝子より、影響を残したい。でもそんなバンドになるとは、今の状況では口が裂けても言えなかった。発声練習を軽くして、ギターをチューニングしていると、メンバーがベース、キーボード、ドラムの順で入ってきた。ドラムのセッティングが終わる頃には七時二十五分を回っていた。

「大村(ドラム)、お前がスタジオ代5割もてよ」

「えー!」

 エフェクターを踏んだ。アンプからシャーと音がする。スティックが四回鳴らされる。合奏。

 残り時間が三十分を切った頃、キーボードの佐藤が、録音していいか、と言った。知り合いのプロに聴かせるのだという。張り切って、二曲を演奏した。いい演奏だった。気分良くぼくらはスタジオを後にする。駅までメンバーを見送ると、コンビニに寄って自宅に帰る。

 

 弟が死んだ。スタジオの帰りに電話が鳴り、取り乱し、一旦落ち着きを得たんだろうなという声色で母が弟が死んだことを告げた。二階の窓から落ち、打ち所が悪く、また、気づかれるのも遅かったらしい。ぼくはそれなりに悲痛な思いになる。薬を少しだけ多めに飲んだ。頓服も舌下で溶かした。しかし、手首を切るほどもう若くなかった。急いで荷物をまとめ、しんやバスを予約した。

 バスは半日で地元に着き、そこからは母の運転で一時間かけて実家に着く。

「喪服ないんだけど」

「あー、じゃあコナカ寄るわね」

 軽快なラジオのDJが沈黙を引き立てていた。車の後部座席から弟の臭いがする。

 喪服を適当に買ってもらい、家に着くと昼間の十一時だった。翌日の葬儀のことはよく覚えていない。ルールとマナーに沿った儀式が、海岸を歩くみたいに意味のない感傷を呼んだだけだった。実感は沸かない。父が、弟のものを全部捨てようと言った。棺に入れなかったものはほとんどなかった。卒業証書や卒業アルバムのような、学校関連のものだけだった。本もCDもひとつもなかった。少しだけ広くなった部屋から、弟の落ちた窓を見ると、物がないぶん空が広く見えた。一週間だけ、滞在した。弟のものはスーパーの袋三つぶんだった。

 夜行バスに押し込まれる。出発し、まどろんでいると、マナーモードにし忘れたぼくの携帯が鳴った。声を潜めながら電話を取ると、バンドの音源を渡したプロだった。

「あー、君? 吉田くん? 君のバンドねえ、ダメだよ。ギターもっといいの使った方がいいよ。サステインがなさすぎる。リズム隊はフィルのたびにヨレるし、キーボードのメロディと歌メロが合ってないよ。それから……」

 

 家に帰ると、苗はすべて枯れて根は腐っていた。きっと、もう土と同化して、栄養になっているんだろう。

 ぼくらがバンドを辞めても、土にも還らない。