保育所

言葉なんて子を捨てる親と保育所のやりとり

勝ち負けがあるのなら負け続けているんだろうな

 人と接すれば接するほど、ぼくは馬鹿だと認識させられ、相手の頭の良さに感服してしまう。でも、こうして自分が悪いと簡単に引き下がってしまうことは、ある人には負けだと思われるんだろうな。ぼくはすぐ人に合わせてしまう。自分がないわけではなく、自分を濃く出すことは自分に合わせることを人に強要してるみたいで嫌なのだ。へえそうなんだ、ぼくはこう思うで、平行線になるよりかは歩み寄ったほうが仲良くなれる。寂しさの処世術だ。こんなもの、正直、何の意味もない。折れてるといえば折れてる。ヤンキーに話しかけられてへらへらしてるおたくみたいに、同調しないことで角が立って疎遠になったりぶん殴られるのが怖いだけだ。一番、勝ち負けのように考えてるのはぼくだ。自分が強くある人間が羨ましい。空っぽのままで居たくない。自分を強く持ち、貫き通したい。さみしさなんて軟弱なもので自分を人に沿って変えたくはない。