保育所

言葉なんて子を捨てる親と保育所のやりとり

フラッシュを焚きすぎて白ぼけて、印象だけが残った写真たち

 最初は夢の話をしたかった。夢のことを書き始めると、夢を見始めた時期について書かなければいけないと感じた。また芋づる式に、その時期について書こうとするとそのまた前の時期について書かなければいけないと思った。どんどんと遠くへ行っても追いつけないアキレスと亀やゼノンの矢だ。昔の話になればなるほど画質は悪くなっていく。結局は忘れてしまった物事を抜いたハイライトだから、せめてフラッシュを焚きすぎて白ぼける印象だけが残る写真のような話をしたい。せめて誰も見なくても、撮ること現像することだけに意味があるような話をする。これは長くなるから、今日1日ではこれだけしか書けなかった。また昔を探っては暗闇に向かってフラッシュを焚きすぎたい。

 

 三日に一回夢を見ていて、内容はおおよそ決まっている。親を蹴り飛ばす夢、殴る夢、惨殺する夢、そればっかり。親を無言で痛めつける、自分の言葉が出ない。空気の塊を噛みしめているみたいに顎が動かず、顔の下半分に力が込められている。自分の顔を見ることは叶わないけれど、醜悪である予感がする。カートゥーンやB級ホラー、プロバガンダするモノクロのディズニー映画にはない生臭い臭いに起きる。カーテンすらない窓を避けるように敷いた布団に包まって、ダンゴムシのような生活をしている。顔が固まっている。まず顎を慣らして、自己流の顔のマッサージをする。奥歯をカチカチと鳴らすと、夢を見たということの罪悪感が鮮明に浮かび上がってくる。親にそれなりに酷いことをされてきたようにも思うけど、今ではされてきた記憶がない。一人暮らしを始めてから、親元にいた二十年弱がフッと消えた。それと同時に悪夢を見る生活が始まった。

 宙ぶらりんの綱渡りが始まったのは二〇一七年の七月末。本当に辛いことばかりだったから、出会い系で見つけた適当な女性の家に転がり込んでいた。しかし、二人して精神病が悪化して、螺旋階段でもつれあって転んだように下へ下へと行く。転がり込んで九日目か、ぼくは夜中に叩き起こされて日付が変わる前に追い出された。女性の泣き怒りの理由を探るものの、全く理解ができなくて、これはもうぼくにはどうしようもないものだということだけがわかった。

 急いでスーツケースに自分の荷物をすべて突っ込んでもまだ隙間があって、スーツケースが段差につまづくたびにガラガラと音を立てた。

 駅までの道を友人に電話をかけて、今日泊まらせてくれないかと懇願した。友人のMくんとなにを話したかわからないが、とにかく断られたのは覚えている。彼は優しく、冷静だったから、「おれの家来るより、適当にネットカフェに泊まったほうが安い」というようなことを言った。でも、ぼくの向精神薬で酔っ払った頭は理解できない。今まで人に酷いことをされながらも、人がいなければ生きていけないような暮らしだったから、一人で立つという発想がなかった。簡単に寂しさに殺される。ペットショップにいる珍しい小動物のような、人懐っこさとは違う、エサをもらうための笑顔や言葉ばかり上手になって、間違った世の渡り方ばかりを覚えている。また少しずつぼくは駄目になったと誇らしげにしてみた。でも、久しぶりに夜道を歩くと、殺されるんじゃないかとかこのまま野垂れ死ぬんじゃないかと考えて、街灯が作る影の一つにも怯えた。

 もう一人、連絡を取れる友人がいた。反対に言えば、もう一人くらいしか連絡を取れる友人がいなかった。当時付き合っていた彼女を心配させないためにLINEを消していたのだ。ぼくは精神が未成熟な成人のステレオタイプなので擬似家族を作っては満足していた。姉のような友人が一人いて、お姉ちゃんと呼んでいた。お姉ちゃんに電話をかけると、やまびこみたいなコールが続いた。駅から、なんとなく神奈川の方へ向かった。場所は知らなかったけれどツイートで聞いた地名からざっとした辺りをつける。もう夜中だからすし詰めにはならず、地名に近づくにつれて人がどんどん減っていき、酔っ払ったサラリーマンが寝転がっていられるほど空いた。何回目かの電話でやっと繋がると、状況を説明した。「とりあえず、来なよ」という言葉に胸をなでおろすと、最寄駅を聞いて、自分の乗ってる電車から最寄駅に行けるように調整した。何回か乗り換えて、乗り換えを間違えて、走って、最寄駅に着く頃には最終電車の一つ前。乗り換えを間違えたら、知らない街でひとりぼっちだったのか。

 どちらの改札から出ればいいのかまごついていると、改札の外から聞き覚えある声がして、シルエットが手を振った。安心して、ヘラヘラしながら改札を出ると、緊張の糸が切れたみたいに笑顔が漏れた。自分の顔の筋肉すべてがだらしなく垂れ下がっている気がする。お姉ちゃんは「よかった〜! もっと死にそうな顔してるのかと思ってたよ」と言った。自分が疲れてやつれた顔をしていないのかと悲しくなる。ぼくは心配される以外の愛嬌を知らないから。「ごめんね。うち、親が駄目だって言うから、家行けなくてさ。漫画喫茶行こう?」駅は使い古しみたいな外見だったから気付かなかった。外に出るとやはり東京とは結構違って、使い古しの地方が広がっている。少ない街灯の作るお姉ちゃんの影も愛おしく思えて、伸びた影を踏むように着いて行く。

 

続きます。