保育所

言葉なんて子を捨てる親と保育所のやりとり

視野半径二時間

 読み終わってもない本を図書館に返しに行く。行動には目的のあるものとないものがある。所作だけで満足するものがある。本を借りて返すうちに、幼児性を帯びる気持ち。それかシーシュポスか。

 スーパーに行き、牛乳、豆腐、お茶、バナナ(バナナはうつ病に効くらしい)、ジャガイモ、玉ねぎ、紅茶、ココア、食パン、台所用洗剤、二十九円の貧困コーラを買う。あまりにも重い。運んでいるうちに肩が伸びきった気がする。

 家に帰り、荷物を下ろし、ブックオフへ向かう。百円コーナーで悩んでいると損したくないと言う気持ちが湧いてきて自分を見つめるメタな視線が出てきて自己嫌悪に陥る。逃げるように五冊の本を買うと、「これはリハビリなのだ」と言い聞かせた。五百四十円よりも疲れる。買った本は老人力赤瀬川源平)、うれしい悲鳴をあげてくれ(いしわたり淳治)、とほほのほ(中島らも)、ぢるぢる日記(ねこぢる)、普通の女の子として存在したくないあなたへ。(村上龍)の五冊。本って買う段階で読む気が失せる。ヤリチンの気持ちってこんな感じなのかな。

 再度家に帰り、足の裏とこめかみ、手の小指に湿布を貼る(疲れがなくなるらしい)(ツイッターライフハックを信じて生きているけど、そのうち新興宗教に入ったらどうしよう)。貧困コーラを飲みながらぢるぢる日記を読む。絵日記の形をとったエッセイ。悔しいながらも面白かった。読み終わった後にWikipediaねこぢるを調べるとダウン症の子供みたいに神格化されてて嫌だなと思った。なにがこんなにムカつくのかと思い、書き連ねてみたら、だんだん自分の評価の基準に気持ちが寄っていって、あーまたメタだよと思いながらやめた。でも本は面白いからずるい。

 次は何を読もうかなと思うと、なにもする気がなくなった。なにが面白くて本を買ったのかわからなくなって、家にあるすでに読んだことのある本だけをかき集めて眺めている。過去に固執する気違いみたいだ。本は書いてあることが変わらなくていい。疲れた。二時間前の自分が何を考えていて、何を感じたかすぐに忘れる。二時間後の自分も全く想像つかない。半径二時間の視野でなんとかこの文章、日記を書いた。