保育所

言葉なんて子を捨てる親と保育所のやりとり

こうかいしたこと

 高校に入ってからというものの、期待していたわけではないけれど良いことも悪いこともなかった。まあ、前と比較して悪いことがないということだから、ずっとマイナスを低空飛行していて、慣れているだけかもしれない。

 友達と言えるような人はいない。一人、のけ者が集まるように、ぼっちのヤンキーがぼくに目をつけていた。一応、この高校はすこし頭のいい部類には入るから、不良なんて他にいない。彼は休み時間の度にぼくを呼び出し、すこし話をしたり、ワックスをつけて髪を立たせたりしていた。毎週、なにか校内の備品を壊すところを見せて笑っていた。ぼくも、何を言っていいのかわからないからとりあえず笑っていた。昼休みには校舎の人が来ないところで煙草を吸うのを見せられた。ぼくは冷や汗をかきながら、先生が来ないよう見張り番をしていた。

 あまりぼくは要領がいいほうではない。そのことが毎日少しずつ重荷になっていった。体育では人に迷惑をかけてばかりで、足を引っ張る度に心が引き裂かれるようだった。好かれるのは諦めている。でも、嫌われたくない。完璧にできないまでも、人並みにこなしたい。人並みができない。せめて人に糾弾されない程度に、落ち目のない程度でありたかった。

 なぜか学生証をよくなくした。忘れ物が多い。整理整頓ができない。抜けていると言えばかわいいけれど、脳みそが足りないだけだった。勉強だって最下位付近で、よくヤンキーと二人で居残りをさせられた。三年になっても、高校受験の範囲から居残りが始まった。国語の授業、現代文だって簡単な言葉を辞書を引いて調べる。ダイコウカイ。大航海と書くらしい。ぼくは大後悔だな。何をしなかったわけではないけれど、何もできなかった。もし、時間を巻き戻せても、これが最高だろう。なんとなく辞書に大後悔と落書きをする。意味は「今のぼくのこと」と書く。

 おそろしい、スポーツ大会がやってきた。ぼくとヤンキーは余り物同士でダブルスの卓球だった。彼はうまかったけれど、ぼくは本当に下手だった。サーブもうまくできない。球を返すのなんて一度も出来なかった。もちろん最下位だ。どんどん彼が不機嫌になっていくのが怖かった。自分のどうしようもない、いかんともしがたいところで人に迷惑をかけている。そう思うと泣いてしまった。怒っていた彼は長い間何も言わずにぼくを見てから、なにか言葉を吐き捨てて帰ってしまった。

 帰り道、家に帰りたくなかった。消え入りたかった。なんとなく、乗ったこともない電車の、行ったこともない方面へ行く電車に乗り、終点までいった。見たこともない景色が広がり、とてもきれいに見えた。でも、ぼくが触れられるものではない気がした。遠いところの違う次元の話に思えた。改札も出ずに、目を細めて遠くを見て、飽きたら帰った。

 家に帰ると、母親が怒っていた。なぜそんなに怒っているのかわからなかった。怒ることより、ぼくを貶す口実がほしいのだと思う。なぜこんなに遅かったんだ。連絡さえできないのか。くだらない用事で。勉強もできないくせに。そんなにとろいから小学生の頃いじめられたんだ。一通り、いつものことを言われると、風呂に入り、なにもする気が起きなかったから浴槽から出れなかった。残業から父親が帰ってきて、自分が風呂に入れないから早く出ろと怒鳴る。自分の部屋に逃げ帰ると、暗闇のなかでじっとしていた。携帯であの駅へと行く最終電車を調べる。こっそり、家を抜け出して電車に揺られてみる。改札を出る。田舎だから、泊まるところなんてない。じっと暗闇でうずくまっていると、今までよりずっと自由な気がした。

 警官に見つかり、家に返された。両親にはいつもの罵倒のフルコースを五回繰り返されるくらい怒られた。なにが辛いのか、口下手ながらでも訴えると、両親は疲れたように「私が悪かったって言うんだな?」と聞いた。

 親は何を勘違いしたのか、ぼくは親に不登校を許された。家にいた方が辛いが、それに甘えて自室に引きこもった。子供が縁日で掬う金魚みたいに、ただ死ぬまで飼われているだけだ。興味はない。終業式、午後でいいから荷物を持ち帰ってくれと担任から連絡があった。夕焼け空を高校の制服とは逆に私服のぼくが歩く。引き出しの中の物は多く、持ってきたスーパーの袋には入らなかった。担任にごみ袋をもらってその中に詰める。学生証が出てきたので捨てる。辞書が見当たらない。ヤンキーに時々貸していたし、彼が授業の前に借りてそのままなんだろう。

「先生、そういや、あいつは? あのヤンキーの」

「あー、あいつはもう学校辞めたよ」

 驚くでもなく、当たり前か、とも思っていた。彼が一人で学校にいるところをうまく想像できなかった。うまく馴染めるでもないだろ。どうせ、煙草を吸っているところを教師に見つかったとかだろう。

 荷物を袋に入れ終えて、帰り際、なんとなく彼がいつも煙草を吸っていた場所に寄った。白い壁のはしっこの方に、油性ペンで「大後悔」と書かれていた。