保育所

言葉なんて子を捨てる親と保育所のやりとり

人生(小学六年生まで)

 男は病院から帰ってくると、キーボードを叩き続けた。男は、他者がほとんど苦手になりつつあった。他者よりも、自分が存在していることが不快で仕方なかった。通院の途中、食事をすることの主体性に気づくと、食事をすることと何を食べようか悩むことの主体にも気づく。思考は進んでいく。生きることの主体性。アイワズボーン、生まれることが受動的なら、生きることはなぜ能動なのだろうか。自分は空白を空白として、殺菌室で死んだ動物のように横たわって過ごしたい。決められた時間に決められた食事を取る。決められているから・・・・・・。なるべく考えないで済みたい。

 男はもうすっかり他者に対して愛想をつかされることに頓着しなくなっていた。男の人生は今のところ、人に働きかけ、それが効を奏さないというだけの人生だった。人に期待することを諦めよう。石ころみたいに生きよう。人は火の粉でしかないから、降りかからないように生きよう。どうせ、人は変わる。人はわからない。人は捉えることができない。ぼくの物にはならない。期待する度に外す。ギャンブルだったら破産だ。

 なぜ、男が人生を語り始めたのかはわからない。無為な人生をどうにかして有意義にしようと? 全部文字にすれば、感覚以外空っぽになって代替可能の記憶だけが残るからかも知れない。

 はじめに

 これは面白い読み物ではない。エンターテイメント性はゼロに近いだろう。これはぼくがどのくらいまで正直に物事を語れるかであり、露出狂的とも言えるかもしれない。そして、すこしの物事でも覚えていることをすべて書くことができたなら、ぼくの人生は文字によって表すことのできる程度のものと言うことになる。記憶は文字で表される。例えば味覚や触覚、痛覚が、思い出そうとしたとき、それ自体を追体験することができないように。

 わたしはある人が喋るのを聞いている。もちろん、わたしはあなたであり、著者が居てほしいと思う読み手である。つまり、わたしは存在しない可能性だってある。

 ある人、は二十二歳以上、首に傷がある。手首にも傷がある。臍の下、陰毛の上にタトゥーがある。身長百七十二センチメートル。その他諸々・・・・・・。これは現段階そうであり、最終的にもそうであるだろう物事だ。ある程度の物事は科学が変えることができる。そしてある程度の物事は科学が変えることができない。終わりに近づくにつれて姿は「こうなるかもしれない」可能性を失っていく。生きることは選択肢がなくなっていくことに他ならない。

 最古の記憶は、父親とカップラーメンを食べている記憶。弟が生まれる時期で三歳の時。部屋は薄暗い。たんたんとしている。母親によれば、三歳の時にそのようなことはありえない。ぼくの最古の記憶は、ぼくの最初の捏造である可能性を秘めている。

 四歳ぐらいから保育園に通う。Y君と遊んでいた写真が残っている。誕生日記念に心霊写真の真似事で、背景の滑り台から腕だけY君の腕が写っている。

 よく、漫画のように物と物の間に線があるのかを調べようと凝視をしていた。

 遊戯王トミカトランスフォーマーにハマっていた。

 小学校に入る。この頃くらいまでは太っていた。進研ゼミを始める。

 近所のHさんの兄と近所のグループで集団で登校していた。道程が長く入り組んでいるため。

 S君に動作の緩慢さを理由にいじめられる。母に相談すると、「あなたが悪い」となじられる。語っている現在まで、ことある毎にこの話を持ち出し、中傷される。

 911があった。見た記憶もある気がする。

 本を読み始める。父親に好かれるため、学校にあった経済の本を読む。学校では児童書を読む。

 T君と仲良くなる。未だに仲が良い。

 小学二年生。しゃ行がうまく言えず、言葉の教室に通う。

 オナニーを覚える。床に男性器を擦り付けるタイプ。床オナ。小学四年くらいまでこのスタイル。父の購読していた週刊少年マガジンの水泳マンガ、とネギま!で抜く。

 家にパソコンが来る。家族全員でハンゲームにハマる。

 ごくせんを見ていた気がする。

 カードを近所のHさんに貰う。しかし、兄のカードだったことが発覚し、兄にぶん殴られたHさんが泣きながら「カードを返して」と訪ねてくる。カードを探している間に、Hさんが「死にたい」と言う。なるほど、嫌なことがあるなら死ぬと言う考え方もあるのかと学ぶ。

 小学校三年になる。身長が伸び、体重が変わらなかったので、痩せる。小遣い月五百円をコロコロに使う。お年玉を使うと金の使い方について怒られる。常に金を使うと怒られる。手伝いをすると百円を貰えるシステムがあった。一時間で百円。その頃から働かず。

 弟が養護学校に入る。流石にすこし様子がおかしいことに気付き始める。家庭内での喧嘩も察する。休日、弟が叫ぶののが負担なので、自室に籠る。カーテンを締め切り、テレビでアッコにおまかせ、週刊東京マガジンなどを見る。

 電車男、光とともに、などのドラマを見る。父親の録画を夜勤明けの父親と一緒に見る。電波少年等も見ていたと思う。この時期、やけに障害者のドラマが多かった気がする。

 小学校四年。部活、クラブが始まる。バスケ部(六年まで)、マンガイラストクラブに入る。小遣い(月千円)でコロコロを買う。

 家に帰ると寝るまでずっとパソコンを見る生活の確立。2chまとめサイトをそのままパクって話すと、面白いやつとみなされ、人気者的ポジションに。しかし、性根がクラスカースト上位に向いていないので、キョロ充の気持ち。A君、W君、H君と遊ぶ。一番K君の家で遊んでいた。アパートで、家が近かった。小六の頃、K君がアパートからすこし遠いところの一軒家に引っ越してからは遊んでいない。

 正しいオナニーのやり方を知る。FLASHの着せ替えゲームでいかに裸に近づけるかを頑張っていると、母親に気持ち悪いと言われ、金玉を蹴られる。

 痩せぎすで、歯並びが悪く、斜視も酷いため、外見がコンプレックスになる。親に「目がおかしい」と言われるので人を見れないようになる。

 小学五年生。クラブはお笑いクラブに。小六が二人、小五がぼくとK君とT君、小四がキョンシーと呼ばれていた少年が一人。小六がコンビを組み、残りが四人でユニットを組まされ、全校の前でネタを披露することに。

 銅像のフリをするKと、それにいたずらをしようとするぼくとキョンシー、それを止めようとするT君と。低学年にはウケ、同学年には半々。背の一番高い女子に、「つまらなかった」と言われる。

 六年生のハーフがギターを弾いていた。モテていた。

 自室のCDコンポの使い方を知り、ラジオにハマる。玉川美沙吉田照美伊東四朗高田純次爆笑問題、土日の夜の時間帯の声優、などのラジオを聴く。文化放送が多いのは、父のカーラジオがいつも文化放送だったため。

 父は顕彰会の信者だったため、ぼくを集会に連れていってくれた。田舎で、他に行くところもないので着いていくと、山のなかに小屋があり、ビデオを見せられる。進研ゼミ的成功体験。信じるものが救われる的な。

 時間が長引くと、同じ信者だった、父の同僚か友人がぼくに一つ飲み物を買ってくれるときがあった。なるべく眺めていられるように、ミュシャの絵が印刷されたコーヒーを買って貰う。

 父親が電話口で怒鳴る。

「原爆は落ちなかったじゃないか!」

 リビングに声が響く。母と知らないそぶりで下を向いて飯を食べる。

 缶コーヒーのおじさんとはそれから一度も会っていない。

 T君の勧めで「NHKにようこそ!」を買う。本にハマり、小遣い(月二千円)を本に使う。乙一大槻ケンヂにハマり、大槻ケンヂの音楽からプログレ等にもハマる。

 誕生日プレゼントに自転車を買って貰う。これまでは、みんなが自転車に乗っているのを走って追いかけていた。すごい速さで走り、急ブレーキをかける。すっ飛ぶ。

 マラソン大会で上位三十%くらいに入る。運動会は嫌い。部活はもっと嫌い。

 部活が終わるまでT君が待ってくれるので、T君と帰る。同じ部活の人とは申し訳なさと劣等感で話せない。ラジオごっこしたりして帰る。人を笑わすのは簡単だった。

 T君と共同で何個かブログを作る。遊戯王をやっている息子を持つ育児ブログにコメントをすると、「小学生とは思えないしっかりした子」と言われ、喜ぶ。事実、よくできた子供だったし、親に手間はかけなかった。親に見つかると文句を言われるので、なるべく行動を隠していた。察されないことが一番。

 小学六年生。バスケは上手くならないまま引退。五年生四年生、同学年の六年から始めた奴にも抜かれる。ぼくといじめられっ子だけ一度も試合に出なかった。練習中、転んで手にヒビ。腫れ上がるので、親に頼み込んで医者に行かせて貰う。最後、引退の時、ぼくにだけ引退する世代に向けてのプレゼントがなく、笑いながら「なんか、無かったですw」と言う。「おう、そうかwあとで渡すわw」「わかりましたwww」

 クラブはマンガイラスト倶楽部。カイジの模写をしていた。

 絵のうまい、陰キャラ女子が好きだった。

 家に帰ればパソコンばかりなので怒られる。親と一緒の部屋で寝起きしていたのを怒られる。寝るときにずっと口元に当てていたパンダの絵の描かれたブランケットを没収される。

 小遣い二千円を本にすべてつぎ込む。マンガ含めて三百冊くらいあった。月に一度、イオンモールに連れていってもらい、ブックオフで買えるだけ買う。たまにCDも買う。いきものがかりスガシカオ、ソウルドアウト(洋楽はどれがどのバンドだか読めなかった)。

 副委員長になる。友達に「これマジでくせえぞ!」と塩酸を嗅がせてクビ。特に塩酸を嗅いではいけないとの注意もなかった。「これから気を引き締めて副委員長をやり直すか、やめるか、どっちにするんだ」と怒鳴られる。やめる方を選ぶ。

 理由なく怒られることが多かった。

 らき☆すたハルヒを見ていた。

 日曜日に母方の祖父が死ぬ。危篤だから、祖父の家に行く準備をしてくれ、と母に言われ、五分後には死んでいた。痰を喉につまらせて死んだ。後に母から、「祖父はすこしボケていた」と聞かされるが、気づかなかった。

 通夜、葬儀、すべて祖父の悪口だった。孫には優しく、ぼくは気づかなかったが、相当偏屈だったらしい。飲んだり打ったり暴力を振るったり、ぼくにのみ優しかった。ぼくにはなにも気づかせることなく、祖父は生きて自分勝手に死んだ。本当にこういう風に死にたいものだ。