保育所

言葉なんて子を捨てる親と保育所のやりとり

日記

 日記という、もっともつまらないタイトルをつけました。これには人生を連続的な運動として営んでいく上での諦観がありまして、人がどうだとか、他人にはもちろんなったことがないので、あまり悟りきったふうなことを言えないのですが、自分の考えがわたしは(人に比べて)とみに断絶しているように思えてならないのが一つ要因としてあげられます。自分が何を考えていて、それがたとえば一〇日後も一貫している、または理解できる、という自信があまりわたしにはありません……。自分の意思の薄弱さが原因か、自分の感情の起伏が原因かがわかりませんが、自分が考えていたこと、考えるであろうことが全く見当がつきません。なぜ、そのような行動をしたのかがわかりません。

 ふと、昔のことを思い出す時はひどい気持ちになります。厨二病的なことを思い出して恥ずかしいとかではなく、出来事と、それに伴う感情を思い起こすと、それがどうつながっていたか、どうしてそう感じたのかがわかりません。まとも→狂人、もしくはその逆の経路をたどってしまったのかも知れませんが、それほど、自分というものが、文化の違う他者のように理解が遠く及ばないのです。

 今日は、閉鎖病棟のことを思い出していました。それもふと思い浮かぶのは仲の良かった人々で、くだらない話をして笑って、今思えば擬似家族的なあたたかさがあったかもしれません。そしてそれを、当時のわたしは言葉として感情を理解することはなくとも、そのあたたかさが心地よく感じていたことは確かなのです。でも、その当時を振り返るとフリーク的人々の寄せ集めが、吹き溜まりのように思え、さらに、人々と人々のやさしさに安堵を覚える自分が理解できないのです。定期的にわたしの感覚の回路が総取り替えされ、組み直されてしまうのです。そう思うと、何をするにも億劫で、これもまた億劫ですが、ピリオドを打って、視点を固定したくなるのです。