保育所

言葉なんて子を捨てる親と保育所のやりとり

子供たちはどこに消えた(日記)

 都会に住み始めて、初めての夏が来たような気がした。そう思って過去をなぞっていると、大学一年の頃も都内に住んでいた。全く記憶がない。都会(それも東京の人々と比べてというより、過去の自分のいた地方から見ればの都会)に住み始めて、思えば遊ぶ子供を見ない気がする。街を歩けば、私立の子供なのか、それなりの制服から棒の細さの足を出した子供が最後尾を揺れて待つように歩いている。都会には私服の小学校はないのだろうか。ぼくの田舎には一つ制服で通うような小学校があった(と思う。ぼくの記憶は都合良くというか、調子良く色んなものを捏造する)。しかし、電車に乗るようになる高校生までその存在を知らなかったし、一時間上下二本の電車が向かう先、子供たちがどこで降りるのか、そもそも向かっているのか帰っているのかもわからなかった。

 子供たちはどこで遊んでいるのかと思う。都会で、どう遊んでいるのだろう。近くの公園へ向かえば無邪気に砂場遊びをしている幼稚園児。小学生はどこへ? 電車に乗れば制服の小学生。中学生は? 流石にみんな制服か。中学生は高校生かわからないけれど、毎日ぼくの家の前をテトリスみたいに次から次へとやってくる。

 

 きっと、というか、確信として、そして当たり前の事として、ぼくは老いている。成長しているとも(まだ)言えるかもしれない。色々なことが思い出せない。ゲシュタルト崩壊のように見慣れたはずのものが急に「そうだっけ?」という形に見えて、自分が五分前に急に生み出されたような気持ちになる。自分の部屋の窓の大きさに、感嘆し、恐怖し、そんなことを繰り返して七月を迎えた。暑くて寝付けないから、冬はどうやって寝ていたかを思い出そうとしたけれど、何一つとしてリアリティがあるように思えず、調子良いデタラメが寝そべっていて、それをなぞっているように思えた。たまに昔のことが真に迫るように思い出され、のたうち回ることがある。経験したところなのに、新しい傷口のように新鮮で鮮明に映る。のたうち回らないでくれと、過去の自分は懇願していたのに。祈っていたのに。様々なこと、大きく足を踏み出すこと、踏み外すこと、恨みを持つこと、いろんなことを絶対だと、未来の自分もそう思っているはずだと、昔は未来の自分を味方につけていろんなことを決断していた。でも、今はやはり昔の自分と意見が相違し、過去の足跡にのたうち回っている。成長する、歳をとるということは、そういうものなのかもしれない。過去の自分が恨めしそうにこちらを涙目で睨みつけている気がする。未来の自分にさえ憐れまれるなら、未来の自分さえ敵ならば、どう今の自分は動けばいいのだろう。

 子供の頃から幾分か背も高くなって、子供の頃には見えない物も見えるようになってきた。大人になって、子供への無理解が、視界から子供を消しているんだな。昔は一学年上の先輩は絶対に喧嘩で勝てない存在だったし、大人びていた。今では中学生か高校生かもわからない。子供を見る目が遠くなり、画質が悪くなっていってる。そして、自分の想像によるところの子供像を探し求めても、自分の子供の頃にさえわからないところがあるのに、探そうなんて、見たこともないツチノコを探すようなものかもしれない。子供たちはどこへ消えたではなく、子供たちはぼくから消えたのだろう。