保育所

言葉なんて子を捨てる親と保育所のやりとり

営みから遠く離れて

 5ちゃんもヤフー!ニュースも正しい人にまみれて腹立たしいばかりで、本音なんかなんも素晴らしくないよと思ってしまう。浮いているみたいな自分の立ち位置はどこからどう見ても正しくなく、それでさらに卑屈になってしまう。人のことを気にしないようにするには、人のことを気にしないで済むくらい人と触れ合わなきゃいけない。病院の予約が取れなかったり、たまに乗る電車で目線を気にしたりがほとんどのぼくには難しいな。童貞が女体を見て目を丸くしたり、狸の村の狸が人里に降りて人間を学びとるように、バカにされないようにしながらビックリしたのを隠しながら、それなりを装うので精一杯なのがぼくの人生なのかも知れない。

 

 病院に行った。まあ、病院に行くくらいしか用事がないので、ぼくは足じゃなくて心的疾患に歩かされているみたいなものです。可愛らしいナースがいつも尻に注射を打ってくれる。肩でもいいのだが、肩だと三日四日痛みが引くので、尻に打たれたあと、いそいそと服を着ていると「タトゥーあるんだ? いつ入れたの?」と言われた。そういえばタトゥーあったなと言われてから思い出す。人から見える自分というのを脳裏に再構築するのが苦手です。人から見える自分が人から見える自分を見ている自分を見るはめになるので。

 帰り道、駅を線路沿いに歩く少女の群れ。少女たちは無垢を装わされているかのような淡く青いワンピースとこれまた淡い帽子姿で列をなしていた。こんな制服は見たことがなく、新しい教団のための合唱部みたいだなと思った。すがること自体が救いかのように物事を信仰していけたらと思う。

 いろんなことが苦手になっていき、昼間に洗濯機を何回か回し、何回か詰まり首をかしげ、そうすることが人の営みなのでしょうか。何一つ確信が持てないまま、首をかしげている。人の営みから気づけば遠くへ来たものだ。