保育所

言葉なんて子を捨てる親と保育所のやりとり

最近読んだ本、見た映画

 当たり前だけどネタバレあります。そんな最近のないから別にいいだろうけど。

 

 映画。

『新宿泥棒日記大島渚監督

 Netflixの検索の使いにくさはまじでどうにかしてほしい。寺山修司を検索したらなぜかこれが出てきたので見た。ジャン・ジュネの『泥棒日記』を積読しているのでそれもあり観た。本編とは関係なかったけど(一応、初めに本が出てました。あと音読もありました)。棒読み加減と言葉遣いでめちゃくちゃ笑ってしまうところがあった。「強姦しちゃうぞ」と「あやうく射精しちゃいそうでした」はこれから使っていきたい。

 主人公は書店で万引きするところをヒロインに捕まえられ、その瞬間に性的興奮を得て、そのヒロインとなんだか付き合ってるような関係になる。しかし、なかなかセックスがうまくいかず……。という筋。主人公は若き横尾忠則が演じている。あと紀伊国屋書店の社長も出てくる。役柄がすべて本人役か「○○と名乗る男(女)」なので、虚構かそうでないかの境目がかなり曖昧になっている。後半は唐十郎に演劇を学んだりして、最終的に主人公とヒロインが抱き合うのバックに二人の会話が流れる。最初は女性化している男性とか、女性のセックスにおける社会的抑圧(女性で性を語る人間が出てこない)とか扱っているのかなと考えた。男性がセックスを語っているシーンで、主人公のように女性の充足を考えてる人がいなかった気がするので。しかし、ヒロインが本を積み上げるバックに本の朗読が流れてるシーンで女性が性を語っている本の朗読があったので、違うかなあ……ウーンと唸ってしまった。つかまえようとすると意味付けをするすると指の間から抜け出してしまう作品。この時代特有の実験映画として観ればいいのだろうか。唐十郎役の唐十郎や、紅テントの当時を見れるだけでも見る価値はあるし、わざわざ役名と演者の名前を一緒にするなどしたのは、半分現実として当時をフィルムに収めたかったのではないか。たぶんゲリラ撮影の万引きシーン好きです。あと当時の横尾忠則好きです。阿部薫っぽい顔してる。

 

『FRANK』

 ミュージシャン志望の主人公が変わったバンド(サイケ〜エクスペリメンタル)に入る羽目になり……。主人公がとことん俗物として描かれ、SNSについて考えさせられる。有名になりたがる、凡人、な主人公と他者の評価を気にしない、天才、病気、なフランク(とバンドメンバー)ととことん対比される。天才と凡人の違いを描いていくのかな……と思いきや、中盤でフランクが主人公(俗物)に近づいていき、終盤ではフランクの病気故の繊細さが描かれる。ステレオタイプな天才像「病気でイかれてる(故に得られる才能)」「不幸な境遇(がもたらした才能)」を否定した結論になっているのが面白かった。主人公が学んだのかどうかはわからないし、凡人はどうするべきかといったところにはなんの救いもなく終わる。徹底的に凡人は凡人で終わる。そこにSNSを絡めて、流行とは、有名とは……とも考えさせられる。アンディ・ウォーホルの「どんな人間でも15分は有名になれる(どんな人間でも15分で有名になれる)」っていうのを思い出しました。

 

 入院生活で読んだ本です

『お前らの墓につばを吐いてやる』ボリス・ヴィアン著。白い肌の黒人が白人社会への復讐のために白人然とした女の子を殺そうとする、という話。当時はとても過激で、発禁処分になったということだけれど、今となってはなにが発禁に値したのかわからない。今よりもっと人種問題が繊細に扱われていたのだろう。これはヴィアンがノワール小説を翻訳を頼まれた時に、「俺がでっちあげたほうが早い」として、ささっと書き上げたものらしい。うたかたの日々のようなものを想像していたので、全然違ってびっくり。とても読みやすく、一日で読めたが、個人的に印象に残ったのは唯一ヴィアンの書いたという設定の序文だった(本当は全部ヴィアンが書いている)。ヘンリー・ミラーと比較しながら、この本を語っている。ぼくはこういう作者が自分の作品を批評している、みたいなのが好き。村上春樹が『風の歌を聴け』で、架空の作家、デレクハートフィールドについてヘミングウェイを比較に出すような……。

 

『西瓜糖の日々』リチャード・ブローティガン著。

 ブローティガンは『アメリカの鱒釣り』で出会い、読んで衝撃を受けた。アメリカの鱒釣りの誰がわかるんだよ的な比喩や人を食ったような話の筋。詩人のジョークを聞いてるような……。そんなイメージがあったので、そのイメージと違ってびっくりした。あらすじは、名前を持たないわたしがアイデス(地名)での生活を本に描くというもの。過度なものがないアイデスと対比されて、その世界を脅かす存在のいる〈忘れられた世界〉が出てくる。名前がない登場人物や、あまりにも抽象的な悪い存在など、『さようなら、ギャングたち』や『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』を思い出しました。村上春樹の長編(最近は読んでないですけど)ってこれが元で、構造を足したり、悪の描写を濃くしたりしてるんじゃないかな。文章的には『アメリカの鱒釣り』で見られたような比喩はなく、しかし読みやすかった。無垢で繊細な世界と不穏な雰囲気が淡々と維持されて続いていくのが好きだった。