保育所

言葉なんて子を捨てる親と保育所のやりとり

入院八日目

 もう気付いたら一週間めなんですね。早い。

 昨日は夕食後出歩いて、金下ろして抱き枕買ってきた。売り場で一番大きい羊の抱き枕。今週二十三になるのに……と思いながら購入し、元気に「自宅用なのでラッピングはいいです!」と言い放った。そして眠る。大好きなクリィミーマミのTシャツを着て。ぼくは好きな物に囲まれた方がいいかもな。あとかわいいものにも囲まれたい。馬鹿のゆめかわだとかじゃなくて、人なんかに見られることを自分の中から消し去って、ひとつの自我だけの部屋を。

f:id:freak_tanatra:20181008161816j:image(全長66センチ)

 始めて病院で夜起きずに眠れた。基本、夜中寝ぼけながら睡眠薬の頓服を貰いに行く(貰いに行くか悩んでいるとその時点で眠気が消えるので)ので、ぐっすり眠れてよかった。しかし、午前四時にいつも見る悪夢を見た。親をめちゃくちゃ酷い言葉でやり込める夢。寝ぼけながら不穏時の頓服を貰いに行く。寝ぼけながらイヤホンでススムヨコタかなんかを聴いて眠った。

 その後不調になり、ずっと羊を抱きながら、羊とキスしながら眠ったり起きたりしていた。体が重く、何をする気にもならない。その後、自分が何をすればいいかわからず、さらに鬱。前に薬よりも対処で頑張りたい的なことを言ったが、流石に無理だ。「医者に『抗うつ薬をください』とねだるので明日面談希望です」とナースに言う。

 

 それからぼんやりデジマート(音楽機材の通販総合サイト)を見て、欲しいものを増やして、その度に自分には才能がないから買うなよと思った。それからタトゥースタジオを見た。いろんなものを入れたいけど、それは本当かと悩んだ。本当ってなんだよ。死ぬまで残るからなんだよ。わーって無限の自我に見つめられてる。一般人のフリした自我。ぼくをよく分かってる両親(皮肉として)のふりをした自我。

 自分が何をしたいのか。自分がしたいことがなぜ自分に止められるのか。自分が何を欲しがってるのか。自分が何になりたいのか。

 自分が何が得意なのか。自分は何が無理なのか。

 様々な観点でやりたいことやなりたいものへの諦めが出てくる。やれることを最善のルートで行けるわけがないんだがらずっと形になるまでノミ持ってるしかないんだけどな。

 いろんなことを褒められたい。しかし、ぼくが良い修飾にありつくために必要なのは、努力でも才能でも向き不向きでもない。外に出て行動することなんだろう。

 

 入院してからの孤独のパワーが途切れた。同室の人が今週二人退院するから、その時を元気に迎えて、創作や自分の世界に勤めたい(意図的な誤字)。

 

 夕方に、「鬱なら散歩とかどうですか」と言われる。病棟のラウンジで人がいるかとか病院のカフェで人がいるかとか考えて、話しかけられないかと期待したり、こいつは話しかけてくるんじゃないとか思ってる自分が馬鹿らしくなって従った。ドラッグストアに行って、日焼け止めとビタミンCの入った飲み物を買った。業務用のダサいヘッドホンでGEZANを聴きながら、アノラックの腹ポケットに財布と携帯を突っ込んで歩いた。宇宙人みたいに。まだ微妙に暑くて汗は乾燥した肌の上を滑った。ひりひりした。帰ってタオルを濡らして自分の顔を拭く。明日は火曜日。明後日は人と遊ぶ。