保育所

言葉なんて子を捨てる親と保育所のやりとり

入院十七日目

 今日は遊びに出かけるので、早めに記事を書く。と、言っても朝七時八時に書くことなんかないわけで、必然と夜中の話になる。

 新しく病室に入ってきた人は消灯前から夜中にかけて一言部屋に聞こえる音量で独り言を言う癖があり、夜中は何か食ってる物音がするのでよく眠れなかった。「スッ!」など、一音節の言葉を発しているだけなのだか、こちらには気になって仕方ない。眠れても夢の範疇に引き止められ、深い眠りに落ちることができなかった。なぜ精神病院の中年は夜中になんか食うのだろうか。前の閉鎖でもそうだった。隣の人間が夜中煎餅を食うので、その音に悩まされたのであった。ホルモンの注射の効能の期間が切れ、錠剤で凌いでいるせいか、夜中に勃起して自己嫌悪に陥った。嫌悪を持ち込んで夢を見る。その反動か、夢の中では骨盤の形が女性と同じと言われる夢だった。朝起きて錠剤を倍飲む。

 いろいろなことが気にかかる。精神病院とは結局のところ、まともになっていって周囲の状況を嫌うくらいの冷静さを獲得した頃が退院する適当なところなのだろう。さっきは同室の人にカーテンの仕切りの中を覗かれて嫌な気分になった。心は乙女なので普通に怖い。やめてほしい。周りを見れば見た感じから汚い人ばかりだ。こういうところでは身だしなみがちゃんとしているかがまともかどうかに直結する。自分もちゃんとしよう。退院したら化粧をして外に出よう。

 昨日は暇だったせいか、年一で思い返すことをよく思い返した。エチオピアのファンクが昭和歌謡っぽいことや、ザ・デモズが活動してるか確認すること(活動していたけれど、ニューウェーブになっていた。ガレージ感が好きだったのだけれど)。ギターも弾きたい。余力で溢れてきた。ギターを爆音で弾いてライブをしたい。余計なことを考えられるのは元気な印だ。