保育所

言葉なんて子を捨てる親と保育所のやりとり

吹けば飛ぶような

 朝は起きれたから何しようかなと思って、食パンを焼いて食べました。それから洗濯をして、掃除をして、ちゃんとした気分になっていたら、奨学金の猶予届を出していないために明後日にお金が引き落とされることに気付きました。急いで猶予届を書いて、身分証をコピーして、提出しました。安心できるわけではないですが、やるべき事はやったんだし、諦めるしかないです。あと改名のために申請書をプリントして、収入印紙を買いました。行きたくもない大学を行かせたい親のコンプレックスのせいで、四百万の借金かと思うと泣けてくるが、都合がいい時だけ石を投げつけていても馬鹿らしい。こういう時はまず飯を食って、寝ようと思い、パスタを二人分平らげました。

 

 なんか、こういうことが起きる度に、普段は見て見ぬふりをしていた、自分の宙ぶらりん加減がわかって、不安定ならいっそ死体で安定したいという思いが強くなります。ろくでもないです。怖くなればさっと死んで逃げればいいやって。ずっとそういう思いで暮らしてきていました。去年まで。大学に入るために親族を回って借用書を書いてる時も、奨学金を借りる時も、いろんなことを後回しにして、ツケが回ってきたら死のうと。けれど、去年、真面目に死のうとして、自分にはとことん死ぬ才能がないということがわかって、考えが改まってしまった。結局、いつかはツケが回ってくるのだと、いつまでも吹けば飛ぶような宙ぶらりんではいけないのだと。それでも見て見ぬふりをして、一年をようやく過ごせました。けれど、見て見ぬふりが出来ない度に、死にたいとほぼ憧れのように思考し、停止させたいと思います。あー、くそったれ。こんな被害妄想的な文章は嫌いだ。自分に被害受けただけなのに。こんなの書いてどうするんだろう。

 だから、停止させるためにまた薬を飲みます。また同じことを繰り返してる。友達に薬やめろって言っている、自分の説得力が消える。本当にこんな文章書く必要はないのに、書いたってみんな呆れるだけなのに。事実関係上正しいことを書きたいのではなく、正しいことしか書けない。ぼくがカッターナイフで手首を切りそうになった時、これを読んで泣いてくれている友人がいた。まあ、こんなのはよくあることだから、でも、よくあることにしていると、みんなどこかへ消えてしまう。こればかりは本当に自業自得だ。自業自得を自責されないために繰り返したりね。人をわざわざ心配かけたくないけれど、かけてしまうね。こんなことに慣れてるから大好きな親友とは長続きするのかな。心配かけてすみません。停止して忘れる頃に再開するだけです。ぶっ倒れて寝て、記憶を消すだけです。ごめんなさい。