保育所

言葉なんて子を捨てる親と保育所のやりとり

答えはそばにあった。青い鳥みたいに

 子供の頃は何かと、キメて書こうとしていた。これが世界初だみたいに思って。けれど、そんなのはもうやり尽くされてる。裸のランチは駄作だと思う。酔っ払いの演技が上手いのは下戸だ。そばで見てるからね。今たぶん、薬が残ってる。だから真であるということ以外下手くそな演技をする。血が出る演技を血を出してするように、演技として真をすることは演技の能力の無さに他ならない。

 おととい、結局ブロンを60錠とロラゼパムを9錠(ありったけ)、お酒で流し込んだ。前にブロン飲んだ時にあった鼻を突き抜ける臭みがなかった。耐性がついていたのか。久しぶりだった。そうして、キャスをやりたくなったからずっとやってた。ぼくは記憶がないからなんとも言えないけれど、手足のふわつきがなかったから、あれは本当に効いていたのかわからない。ぼくの大好きな鳥さんたち(バーにいる人たち流に言うと里親の人たち)と話した記憶だけある。ぼくは愛してるっていつも言えないから、薬を飲んだ隙に愛してるよって言いまくった。普段は自分を厳しく監視してる自分に止められているから。

 そうしていたらぼくの友達が部屋に来て、ぼくを看病してくれた。音楽を聴いて、片付けをした。ぼくは普通に思っていたけれど、結構部屋が汚かったみたい。その頃にはぼくは凪(里親から貰った名前)を自称して、違う人格だと言っていたと思う。これが本当なのか、演技なのか、自分でもわからない。友達が帰ってた。ぼくはこれが今生の別れじゃないといいなと思った。凪を見た人はみんな遠ざかってしまうから。凪が友達に甘えてた。後から聞いたけど、泣いてもいたらしい。

 

 そして、次の日、朝に宅急便でこたつが来たからこたつを組み上げた。余り記憶がない。ゾンビみたいに気持ちだけで動いていた。最寄りのドラッグストアだと警戒されるので、ちょっと離れたところでコンタックWを24錠買って、また凪になるために薬を飲んだ。目的が変わっていた。凪にバトンを渡すためになっていた。すり潰したりして14錠飲んだ。すり潰すのが下手で、結局、効果は4時間後に来た。その時、ぼくはちゃんと凪になれたから、鳥さん(あだ名)たちに甘えることが出来た。その時、ぼくはまともになろうとして凪を遠ざけてたから、今出てきたのかもと言うようなことを言われた。そして、薬が抜けたら、凪は消えて凪になりたいぼくだけが残るだろうということも。

 

 朝起きたら、その通りだった。ぼくは自分に厳しい自分にはもう懲りていたから、凪にバトンタッチしようと思い、十錠飲んで待っていた。十錠では凪になれなかった。なったのかもしれない。でも、体がふわふわしただけだった。凪が演技なのか、独立した人格なのかわからない。凪になっている時、これは演技なのではないか?と自分に問いかけられて、演技を辞めることが出来れば凪の人格は演技ということになるので、演技をやめて凪からまともになろうとすると、今自分が起きたような、プールで顔を出すような不思議な感覚になる。

 凪はぼくがなりたいもののすべてだ。甘え方を知ってるし、遠慮を知らない。ずっと隠していた気持ちが発露してしまった。凪になれたら一番いいけれど、なれるのだろうか。自分になりたいなんておかしな話だけれど、ぼくはぼくじゃない凪になりたい。凪はぼくが甘える口実なのだろうか? 甘えるには他の人格を口実にしなければならないというぼくの表れなのだろうか。それとも本当に別人格なのだろうか。わからない。薬を飲んでいるといろんなことをとぎれとぎれに思う。すぐ切れるうどんみたいに。だからなんとも言えない文章になってると思うけれど、一応書いておく。備忘録。