保育所

言葉なんて子を捨てる親と保育所のやりとり

入院日誌(11/30~12/2)

11/30

ODの幻覚を思い出しながら

 片腕の萎えた少年が歯並びの悪さを気にしつつ笑っている。萎えた左腕は途中で水風船の閉じ口のように細まり、ごつごつした関節から指のなり損ないがふよふよとした塊になって飛び出ている。少年は腕より歯並びの悪さがコンプレックスのようで、笑う度に右腕で前歯を隠した。

 少年は家庭のことで悩んでいるのを知っている。それはぼくが経験するであろうことであり、ぼくが経験したことだから。しかし、これから忘れてしまう一生を見ていた。そしてまた忘れて一生を繰り返す。忘れない!と強く思うけれど、運命は変えられないことを知っている。諦めながら眼が覚める。

 見慣れた小部屋をカメラの視点で見ている。扉にはドアノブがないから出られない。部屋の大きさは四畳半くらいだろうか。扉にはガラスがはめ込まれている。ぼくは立つことができず、何もない部屋にぶっ倒れていた。立つこともできず、確信としてぼくは今神の裁きを待っているか、来世を待っていると思う。

 眼が覚めると男がぼくに聞いた。

「今何日ですか?」

「十八日」

「あ、はは……。十九日です。はい。ここはどこでしょう」

「病院です」

「それはそうなんですけど」

「J病院」

「あ、そこから移りました」

 周りを見渡す。見たことのある病室。

「Y病院」

「あ、正解です。入院することになりまして、身体を拘束させていただいてます」

 手足を動かそうとすると、ある一定で止まる。ベッドの柵に鎖で繋がれているようだ。手足の硬直がひどく、要らない力がかかる。言葉を出すのも一苦労する。一音節、一文節関係なく口がひしゃげて歯が歯を砕こうと力を入れる。(助けて)という意味の、「助けて」ではない音が口から出た。ナース達は首を傾げてぼくの汗を拭いた。自分が前と同じ一生を生きていることはわかっていた。神の目前を通ったのは薬の幻覚だということも。真理は忘れずに持ってこれたが、輪廻や永劫回帰のような、すでに言い表されてることだった。そしてまたそれを文字に戻す。そして前世と来世の腕の萎えた少年は現世のぼくではないことにやっと気付く。

 ぼくは去年風邪薬八十四錠と向精神薬三十六錠を酒で流し込んだ。そして病院に入った。ぼくは今年風邪薬を九十六錠を水で流し込んだ。そして同じ病院に入る。進化か退化か、同じことの繰り返しか、それはわからない。

 ぼくには別人格と呼んでいる、ただの気分の上昇や甘さがあった。自分が人に甘えることが苦手だった。自分を常に自分が厳しく監視しているので、自分の気恥ずかしさに怯えて甘えられない。そこで薬の力を借りていた。風邪薬で気分を変えて、別の人格と呼称する何かになろうとした。

 朝からコンタックを十四錠飲み、五時間横になる。手足のふわつきを確かめる。効いていない。DXMを420mg、55kgだから約7.6mg/kg。効いてもおかしくない量だ。wikiサイトを見ていると、目を引く分があった。「DXMは2500から致死ライン。2000でも死者が出ている。1500以上の摂取は避けましょう」どうせ自分から離れられないのなら、死んだ方がマシと思った。ドラッグストアで同じ咳止めを三つ買った。購入を止められるかと思ったが、止められなかった。なんだかさみしくて大声で歌って帰った。誰も気に留めなかった。さみしかった。

 ぼくはタブレットを開いて配信を始めた。死ぬときはママに見てもらいたかった。三人が見ているなか、八十二錠をプチプチと取り出した。死の量はずっしりと説得力をもって、机の上に鎮座した。一錠30mg。30mg×82錠=2460mg。今までと足して2880mg。死ねるはずだ。誰も止めなかった。誠実な態度だと思った。みんな、「私はあなたに死なないでほしいと思う」という誠実な態度だった。そうだ。そうするしかできない。人から人への想いは余程でないとplayすることはできない。prayすることしかできない。そう思いながら、助けてもらいたいとも思う、弱さゆえの矛盾がぼくをおそった。机の上にばらまいて、一気に飲む勇気が出なくて、少しずつつまみながら飲んだ。最初は十錠ずつ恐る恐る飲んでいたが、1500mg、50錠を飲み切ると、「どうせ助からない」と思って一気に飲んだ。

 何を話したか覚えていない。どうせ死ぬならママのトラウマになって生きる人の中で一生残りたいと話した気がする。今となってはおそるべく身勝手さだ。だんだん体が反抗してきて吐き気がする。だめだとおもった。ゲロを吐く。カプセルが溶けて、カプセルの中の小さい丸い錠剤が胃液で溶けて白かった。救急車を呼ぶ。ツイッターに「致死量の薬を飲みました。すみません」とツイートすると、直近で遊ぶ予定だった友人に叱られた。救急隊員が着く頃には歩けずに、這って移動した。お薬手帳と携帯を探すのに手間取った。財布も探したと思う。こたつの電源を確認した。こたつの周りは白く汚れていた。

 ぼくはバーで、酒に酔って恥ずかしくも人生論を打った。「生きる奴と死ぬ奴、それが運命で決まっているかどうかはわからない。でも自殺できるできないは才能によって決まっていて、その才能が寿命を左右することはあり得る」風邪薬で蛇足をつける。「死ぬ才能がないことは不幸だ。ひどくなっても死ねない。死ぬ才能がありながら生きることは幸運だ。いつでも綺麗に終われる」しかし、この蛇足にシラフで蛇足をつけるなら、「死ぬ才能があるかなんて、最後までわからない。死ぬ才能がないのはすぐにわかる」そしてさらに今となって思うのは「死ぬより怖いことはない」という一般の哲学だった。それは正しいかどうかわからない。しかし、ゲロで吐いた白い液や繰り返しの不随意運動が綺麗に終われるということだとはぼくは思えなくなった。死とは恐ろしいグロテスクなものだとやっと学んだのだった。

 断続した痛みで思考が中断される。体がひどく力み、歯が歯を押しつぶそうとする。口が勝手に歪み、口のせいで助けさえ呼べない。仕方ないから叫ぶが、ナースが来てもすることはない。体も余計な力みで思うように動かせない。手足に十五から二十センチの鎖が繋がれている。ベッドの柵を揺らすだけで、体を動かす意味はない。足にはエコノミークラス症候群を予防するためのポンプが付き、二十四時間シュコーシュコーと音を立てて足を揉んでいる。SFみたいだと思う。『ジョニーは戦場に行った』みたいだとも思った。人寂しくなったり、力みすぎて変な体勢になった時は叫んで、ナースに体を数十センチ動かしてもらった。脇に手を入れ、ヨイショと動かされたぼくは物でしかなかった。食事も惨めだった。ナースのペースで、ぐちゃぐちゃに刻まれたおかずとおかゆを口に入れられる。憔悴しきってまともに食べられなかった。排尿はカテーテル、排便はおむつだった。排尿は痛みによる失禁という形ではうまくいったが、排便はうまくいかずに浣腸をされた。「ダメ。デタ、デタ」と必死に伝えると男のナースはオムツを開きながら「まだ少ないね」と言った。次の日に拘束が外れたのは幸いだった。トイレに行くという自由だった。

 体が自由になっただけで四畳半の中で何もできなかった。本も読めない。部屋にはトイレとベッドだけ。物はない。一日に一回シャワーを浴びる。二日がこんなにも長いとは知らなかった。何もない二日を部屋の中を歩き回ってやり過ごした。

 病棟のホール(閉鎖だから病棟から外への鍵がかかってる)に出て、本棚を確認した。パパが前にこの病院に入院した時にママが差し入れたブコウスキーを探した。見つからなかったが、ぼくが外に出れるようになったら持ってこようと思った。

 

12/1

 昨日早めに寝たが、眠りは深く、七時まで寝た。GEZANの1stを聴く夢を見た。もう十二月か、早い。朝起きたら老人に褒められた。ノートを見て勉強家だねと言われた。老年の方が話しやすい人が多いのは、精神病によって入ったわけではないからだろう。水曜まで今日抜いて日月火。早く人と連絡を取りたい。

 虐待をされていたというKさんにそれなりに好感を持たれているらしく、どうでもいいことや暗いことを話されている。みんな何かを話したがってる。ぼくは病院では常に笑顔で辛くなると部屋に引っ込んでいる。そんなに話しかけず(人見知りというか、人に慣れて場を楽にしたらそれで終わりにしてしまう)、話しかけられると笑顔で対応する。どうでもいい人の前の方が人当たりがいい。仲良くなれば不機嫌も顔に出てしまう。病院では無害そうだからか、壮絶な過去をよく聞かせられる。人の憂鬱にどうするもできないし、人の悟りは人の悟りで本人にしか効かないと思うから、適当な相槌で聞く。みんな話したいだけのことを聞くだけの人。誰でもいい人。聞くだけの自分は家庭で養われた気がする。家庭内プロパガンダから逃げるには聞き流すしかなかったし、そうでなくともげんなりする話が多かった。Kさんはぼくにいろんなことを話す。自分のことばかりだけれど。たまに「ナースさん来るかな」と率直な不安をぶつけられることがある。その度にその見た目には似合わない幼さを感じて嫌になる。同族嫌悪だろうな。自分にそんなぼんやりとした不安としての幼さがなければいいけれど、きっとあるのだろう。そして他人の幼さを見つけて嫌になるのも、背伸びしたクソガキのそれで嫌になる。

 十時半、人に疲れて部屋に戻る。テレビもつまらないし、人の話を聞いていると、トカトントンと急につまらなくなる時がある。そうなると、人といても疲労が溜まるだけなのでおとなしく一人になる。運だし、どうしようもない。そういう時に人さみしさにかまけて人といると、よくない。人には時折、「何もない」というつまらなさが必要なのだ。

 気狂いのおばあちゃんが薬を打たれておとなしくなっている。

 

12/2

 何度か起きて、七時に起きる。悪夢をいくつか見る。汚いトイレで飯を食べる夢。誰にも心配されてなかった夢。

 Kさんの話し方を聞いていると、大学の文学の授業を思い出す。江國香織の『号泣する準備はできていた』を扱っていて、夢の話を語る男を「どうしようもない話を子供のような口調で話す、精神的に幼い男」と解釈していた。最初はその解釈に反発を覚えたが、今はなんとなくわかる。Kさんの話し方が靴に入った小石のように、気づいてからやけに気になる。「十九の時にこんな色のコート持ってたの」「あっちで男の人に話しかけられたから無視しちゃった」「前にいた女の子たちに無視されてたの。ひどくない?」どうでもいい……。

 隔離に居た時に、イシカワさんはいるかと聞いたらもう居なかった。イシカワさんとは前の入院で仲良くなった、何故かずっと入院している老人。

 フラカンの主題歌のプリズンホテルを見る。鉄砲玉の人の役者が良かった。

 

幻覚を思い出して

 眼が覚めると夢の中だった。現実ではなく、想像の世界。それも現実の世界に身体を置いたまま見る世界のことを夢と言うのだろう。これが夢だと言うことはすぐにわかった。自分の部屋だろう。天井が壊れた電子機器の画面みたいな模様になっている。基本は緑。自分は床と一体化しているのがわかる。見える。床から石版式に少しだけ盛り上がっているのが自分だ。白色に網目が薄く見える。X軸、Y軸、Z軸。

「Aの2乗。Bの2乗ですか? Aの2乗?」

 声を出すことができた。よかった。体は? 動かそうとするものの、感覚が固いフェルトのようでうまくいかない。それに床と体が切り離せない。残像のように床がついてきて、動けば動くほど、残像が長くなる。空間には重力がなく、動けば動くほど残像に絡め取られていく。自分の残像に顔がはまると、全く動けなくなった。永遠とも思える時間が過ぎた。思ううちにこれは寝ているうちに見る夢ではないと気づいた。脳のバグだ。実体の自分が起きているのか寝ているのかはわからない。起きているなら認識のバグで現実でも動いているだろう。寝ているなら、もう起きることはないだろう。この世界は現実とは勝手が違うが、生きていくしかない。様々な友人の顔が浮かんでは消えていく。しかし、夢の中だからなんでも手に入ると気づいた。リンゴを念じる。リンゴが宙に浮く。満足に動けず、食も必要としないから何も意味はないが。それか生と死の境界。こういう勝手になっているのか。

Aの2乗。

Aの2乗

Aの2

Aの

A AAAAAAAAA……

 眼が覚めると夢の中だった。やっと助かったかと思ったのに。薄暗いオフィスだ。少し先の明かりがこちらを照らしている。ぼくの体は椅子に固定されていて、チューブが繋がっている。四肢の感覚はない。思うように椅子が回転する。右、左、上、下。一回転。回ることでしか動けない。しばらく回転して遊んでいると誰かの声がする。

ダメでしたね。

ダメでしたね

ダメでした

ダメでし

ダメで

ダメ

ダ ダダダダダダダダ……

 青い手術服を着た人々がぼくをたらい回しにする。見慣れた景色。見たことのある天井の柄。蛍光灯の配置。これは? ぼくが生まれる瞬間だ。「はいはい」「あー、これは……」「またこれかあ」人の声がする。「あの……」話しかける。「はいはい、起き上がらないでねー」起き上がろうとすると、身体を制されて戻される。起き上がる瞬間に自分の痩せこけた身体が見える。十五歳くらいだろうか? 何回も起き上がり、起き上がっては全く同じように制される。ぼくはこれからの一生を思い出す。左腕が萎えているんだった。そして両親は酷いことを言う。ぼくは笑う時に前歯を気にして笑う。原稿用紙に駄作を書いて捨てる。しかし、これからぼくはこの記憶を失うだろう。そして生まれてから二十三年を繰り返すだろう。忘れたくない。しかし……

はーい、待っててねー

はーい、待っててね

はーい、待ってて

はーい、待って

はーい、待っ

はーい、待

はーい、

はーい

はー

は ははははははははははははは……

 陽が差し込んでいるのが見える。ガラス窓のすぐそば。あー、そうだ。こっちが生まれた時の記憶だ。何も出来ずに見ている。看護婦が二人。その看護婦に母性を感じる。一人が去って、一人が残った。ぼくに何かしらの治療をしてくれているが、ぼくは何もわからない。顔を覚えようとすると、人間の顔ってこんなのだっけと思って覚えられない。ガラス窓には何か文字が書かれている。その下の何も書かれていないところから、車が走っているのが見える。

そうだこれが真理だったんだ

そうだこれが真理だったん

そうだこれが真理だった

そうだこれが真理だっ

そうだこれが真理だ

そうだこれが真理

そうだこれが真

そうだこれが

そうだこれ

そうだこ

そうだ

そう

そ そそそそそそそそそ……

 坊主の力強い看護師がぼくの脇を持つ。前の閉鎖病棟にいた人だ。「歩けますか?」「歩けますよ」ぼくはたまらなく笑っている。笑っているから力が入らない。ろれつが回らない。楽しい。足に力を入れたと思ったのに力が全く入らなくて後ろにすっ転ぶ。女性の看護師が「危ない!」と言う。坊主の看護師がぼくを捕まえる。何回か繰り返していると、隔離室に一人で取り残される。気づけば裸だ。体操用みたいなマットが一枚ある。慎重に力を入れてドアにすがる。「すいませーん」何回もドアを殴り、手に血が滲む。神が話しかけてきて、外を見る。窓の外は真っ暗だった。神によると、ぼくは永劫にここにいるらしい。

 

 ……足元で何かが動く。シューシューと音がする。現実だと思っている夢か、現実か、判断するまでもなくひりついた現実だ。