保育所

言葉なんて子を捨てる親と保育所のやりとり

些事以外何事もなく

 些事を微細に書こうにも、些事はそれ自体が細に入っているので、顕微鏡のように表現の目を凝らさければならない。そうして、ようやくなにかわかるかもしれない。希望的観測によって人は能動的になる。希望を半ば信じたふりをして、足を踏み出していきたい。希望を信じずとも動けるのなら、それが一番良いのだろうけれど。

 病院に行く。入院中は自費診療であるホルモンは打てず、そもそも最初は外にさえ出させてもらえない。日に日に意図とは反対に力を込める男性器に嫌悪しながら朝を迎えていた。退院の日程が決まってから電話をして病院の予定を入れる。世の中には同じような人が多いのか、病院はいつも混んでいる。同じような人が多いことに安堵を覚えるでもなく、嫌悪を覚えるでもなく、ただただ他人と自分の間の距離を呆けて眺めている。似ていようが似ていなかろうが、自分と他人の距離がそれぞれにぶつからないように広がっているだけで、それが関係として結実することはないということだけがわかる。病院ではホルモンを打ってもらい、錠剤(ホルモン剤)を貰った。血液検査をする。ナースに血液検査をしてもらう度に、数年前にこのナースに血液検査が終わると頭をなでてもらっていたのを思い出す。今となっては昔の自分への無理解で昔に向かって唾を吐くだけだが、同族嫌悪だけではなく、妬みで昔の自分を見ているような気がしなくもない。今では絶えず自分を気ちがいとして見て、他人から気狂いとして見られているという自覚からか、なるべく人に謗られぬようにを第一に行動してしまう。血液検査を終える。一ヶ月後に当たり前の帰結として男性ホルモン上位の結果を見せられることを考えるとげんなりした。注射が打てない日がある度に、髭の伸びるスピードが早くなったのではないかと鏡に接近して鼻の下を見る。

 バーに行く。その前に羽川さんと遊び、話をする。言葉にしては感傷的な数日を笑い、笑いにできることを確認した。それから森がバーに来るので、現地にて待つ。数日間の話をし、病院の話、薬の話など病人くさい話題に苦笑をしたが、ぼくらはいささか元気すぎたのかもしれない。人間失格のように、実年齢より年を食った風に見えるまでゆっくり年を取っていくしかないのだろうか。いつものようにぼくらはおどけて、疲れ果てて眠った。年末だからと自分に甘く、森と久しぶりに会ったこともあって、終電を逃してしまった。起きるとおっさんに捕まって説教をされた。あまり、言葉全体として意味が取れず、見た目も気に食うものではなかったので、ほとほと疲れてしまった。長生きしているだけで偉い人々、生きているだけで偉い人々が、生きているだけの我々を詰る。ぼくはいろいろな人々に「何かをしたほうがいい」と言われるけれど、ぼくは何かをしたい限り、人にがんばれだとかそういう言葉は吐きたくない。応援席から野次を飛ばせるのは、ベンチにすらいない奴だ。ぼくは試合に出れる限りは応援をしたくない。野次を飛ばしたから試合が変わったと思うような奴。人の試合を変えるには、言葉だけではだめだ。応援にしろ、言葉ではあり得ない。応援とは言葉をかけることではない。水をやることだ。行動だ。それをわかっていない限り、人々は善意で自分だけを助ける。自己満足で終わる。がんばれよと言われる度にてめーががんばれと思うが、口にも出せずただただマイナスの感情が渦巻く。疲れて帰る。これからは終電で帰ろう。終電以降はみんながテンションが高くなり、人が減ることも無いので辛くなる。おっさんが森に対して、「こいつはいかれてるよ」などと言っていたのを思い出す度に不安になる。いかれてることは他者から見れば喜劇だろうけれど、本人からすれば笑われているだけでしかないことが骨身に染みる。ぼくが「ぼくはカウンセリングにちゃんと通いたいです」と言ったり、「ちゃんと健康に生きたいです」と言う度に罵倒されたことを思い出す。そりゃ嘲笑できる奴がいる方がいいよな。でも奇形が見世物小屋で笑われていたのは金をもらっていたからだ。金で許す。金でプライドを売りつけるから、売り物を踏みつけないでくださいね。

 実家に帰る。父親は頭蓋骨が膨れる奇病のくせに元気で、いつものように説教をかましてきた。父親のいない時に父親のクローゼットを開け、「こいつは氏賀Y太で抜いてるような奴だ」と思うことで心を優しくさせた。父親も言葉だけの人だよなあと思った。生きてるだけで偉くなった気の人が言葉だけで人を動かせたらと思って、動かしたら自分の手柄にする。「お前はどういう感じになりたいとか考えてないのか」と聞くので「うん!」と言い、「お前は何も考えずに生きてるのか」と聞かれたら「うん!」と言うことで、まじで危機感ないやべー奴になることで会話を終了させた。こいつのせいで何百万の借金があるんだよなあと思ったが、すべてぼくのことを思ってした結果なので仕方ない。これは善意によって起こした物事はすべて許すという意味ではなく、信念や思考が捻れて善意で不利益をもたらす人間には何を言っても無理だと言うことだ。実家に帰る度に殺意が湧く。殺人事件の半数は家族間で起きるという。親がぼくを犯罪者にしないためには、親に自害していただくしか仕様がない。言葉が強くなってしまって恥ずかしい。なるべく人には笑い顔しか見せたくないのだけれど。

 

 年末だというのに暗いことばかりを書いてしまった。暗いことばかりだ。来年の抱負を書こうにも、ここ数年毎年「健康に生きる」などと同じ抱負を掲げ、健康に生きたとも言えないまま年末を迎えている。やはり、健康に生きたい。まともに生きたい。それがいくら笑われようとも、ぼくは笑われない生き方をしたい。詰られない生き方をしたい。ただ生きてるだけで偉い人々に舐められないくらい、ただ生きていたい。ただ生きてるだけで偉い奴らは、ただ生きるだけという点だけに意識的にならずに、そうして生き延びている。つまりは惰性を誇っているわけだ。これは意識的に生きているぼくが批判できるでもない。自転車に乗るのと同じで、会得したか否かなのかもしれない。また、意識的に生きるということを会得してしまったのかもしれない。気にしたら気にしただけ気になるのか。なるべく気にしないなんて馬鹿のアドバイスが全くあてにならないことはわかっているのに。こんがらがった。今年も入院以外ほとんど何事もなかったけれど、入院が大きな出来事としてあった。生死はやはり大きな物事だ。生死に関わる事柄は否応にも些事を押しのけてしまう。来年の豊富というか、ほとんど願いをかけるのなら、些事以外何事もなく過ごしたい。ただ生きてやる。