反日常系

日常派

精神とその周辺(生活)

 今日は病院に行く日で、明日も病院に行く日だった。だったと言うのは、明日行く病院に今日行ってしまい、今日のうちに病院をハシゴして用事を済ませる羽目になってしまった。

 通院のたびにブログを書いている。これをなんとなく始めたのは大学の後輩が「たなか先輩の書く文章が好きです」と言ってくれたからだった。なんとなく風俗体験記などを書き散らしていたが、それからすることもない日常のはけ口をブログに求めている。吐精のように書いて実を結ぶ訳でもないが、精のつんとくる匂いで人の眉を顰めさせることくらいはできたと自負している。通院するたびに書いているのは、単純に日々に出来事がないからだった。今となっては、出来事は前に比べれば格段に増え(以前は月に一回人に会えばいい方だった)、通院や生活にも慣れ、今ではそういった日常のほうが書きやすくなった。日常に対する能力が少しでも芽生えたのではないかと思っている。

 

 芽生えただけの日常に対する能力で、ホルモンを打ちに病院に向かう。病院を間違えたことすら気づかなかった。待合室でぼんやり待っていると、妙齢のオカマや若い女や幼児退行したおそらくオカマを見ていると、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドみたいだ。外に出る時はだいたいイヤホンをつけているので、病院の待合などでイヤホンを外さねばならない時に情報量でげんなりしてしまう。人々が鼻水をすすり、咳払いをする。荒い息。その中に喃語で喋るオカマがいて、それを親らしき人々が宥めていた。言語を獲得する前の言語で、なんとなくの喜怒哀楽が待合に響く。ぼくも赤ちゃんプレイに行くほどの幼児退行のオカマなので、身につまされる。象徴的であるとさえ思う。今朝だって日が昇るより早くに起きてしまい、どうするでもなく今までの境遇を思い出して泣いたのだった。暇つぶしの感傷と言えなくもない。親だけが呼ばれて幼児退行のオカマは独りになった。待合室から問診室の間を行ったり来たりしているオカマを眺める。ぼくは肘をついてみた。当たり前だが、オカマは肘をつかなかった。オカマがぼくの鏡ではないことに安心をして、他人は自分ではないという当たり前のことを拠り所にする。

 医者に呼ばれ、先月の血液検査の結果が出た。女性ホルモンが打てても飲めてもいなかったこともあり、男性ホルモンの量が、一般男性の最大値より倍くらいあった。女性ホルモンを摂っていなかったのでリバウンドしたのだという。たしかに髭が濃くなった気がする。髭は濃くなれば自然と薄くなるということはない。不可逆的に男性になったのだと思うと辛く死にたくなった。昨日、産毛の髭を抜いた。自分の性別に向き合う時間はなんだかせせこましくて嫌いだ。もう一層のこと男性になった自分を考えてみるが、おぞましくて嫌になった。男性性恐怖と性嫌悪をひきずって、持ってきてすげ替えたようにさえ思える人生のテーマ。本当のことは自分にもわからない。ともすれば自分を批判したくなっている自我に頼らず答えを出すには、神にコンタクトを取るしかない。そんなに神を信じていないのでどうしようもない。ホルモンを打ってもらい、看護師から「たなかさん今日の予約じゃなかったみたい。明日の予約なのに来たからどうしてだろうって言ってたのよね」と言われる。明日も病院なので、それと間違えている可能性は高い。急いでスケジュール帳を見て、間違っていることがわかる。スケジュールが人よりも詰まっていないのに、詰まっていないせいか、よく間違える。待合室にはもう幼児退行のオカマはいなかった。

 元々予定していた病院に向かうのに、家に帰ると遅くなるため、直接向かうことにした。直接向かうとなると二時間くらい暇になる。乗り継ぎで改札を出る駅で暇を潰そうと、目的地もなくふらつく。電車を降りると、忘れていたが、二年前に実家からさっき行った病院に行く乗り換えにこの駅を使っていたことを思い出した。どうするでもないが、今よりもなにもなく、今よりも鬱屈して、虐げられていた日常。今だって素晴らしいとは言えないが、随分マシになった。服を見るでもないから、駅の外でもぼくが行く場所はだいたいいつも決まっている。楽器屋か本屋かCD屋。少し歩いたところに楽器屋があるらしい。ポケットに手を突っ込んで歩く。外に出る度にカイロを忘れたことに気づく。見たこともない町並みが当たり前に広がっていて、感動した。そうだ。薬を飲みすぎてから、「全ての物事は脳を通した物事」という当たり前のことに気づき、そのために、「現実が実態を持っていると確信するためには、見たこともない場所にいかなければならない」と思っていたのだ。ただの乗り換え駅の、ただの駅前の喧騒が、やけに真新しく見える。見たこともない興味ない場所の輝きに目が眩む。楽器屋はしょぼかった。地元の楽器屋を思い出して、やけに懐かしくなった。今日はブログを書こうと思った。いつものように自己嫌悪に陥る表現の限界より、人々をムカつかせるくらい自分を肯定したいと思った。それからバーミヤンに入って豚キムチを食べる。予定のこなし方が下手なので、これからある予定を見る。来週はカウンセリング、再来週は友達と高円寺、その次の日は注射。書き出してみればそれしか予定はなかったが、それだけでも大いなる一歩だと思いたい。

 電車に乗る。土曜日のカウンセリングのことを思い出そうとする。一回につき八千円もするので、何かと書いておかなければ勿体ない。何も得られないのは悲しい。と言っても二回目だ。まだ二十三年の人生すら語り終えていない。どんどん家庭の話をする度に「親はなんでそんなことを……」という話になる。何もわからない。当たり前だが、親が狂人だと、生活に狂人が絡んでくるので生活の質が下がる。家族は今では全員が狂人か障害者だ。マイナスにマイナスをかけてもマイナスだ。そもそもかける方法を知らない。願をかけても神様は叶えちゃくれない。

 病院に着いた。診察券の名前を変えてもらう。この名前が似合うように生きていきたい。