保育所

言葉なんて子を捨てる親と保育所のやりとり

退院します

 文章を書き始めたのは、何も素晴らしい意図があったり、目覚ましい回復を遂げたからではなかった。病院で唯一喋れる人が外出していて暇だったとか、そろそろ退院だったとか、昨日友人の同人誌に寄稿してやって文章を書けることを確認したからとか、様々な偶然が重なってできたどうでもいい文章だった。

 一ヶ月が経って、ぼくを言葉で殺そうとしてきた大好きな人を「人からはひとつでも物を貰ったらそれでおしまいなんだよ」だとか、「深い関係を作らずに浅い関係を沢山作るようにしましょう」だとか、聞きあきた熱い正論をようやくいつか忘れてしまうのに喉元を過ぎさせて、そうしてようやく、その人をすごく大好きな人からすごく大好きだった人だったと思い込むことにした。今何してるのか知らない。何をしているのかも知りたくない。もう関わりたくない。その人の躁鬱の波で言葉で殺そうとしてきたのか、そうでないのかはわからないけれど、意思と病気の区別なんて難しい話をするつもりはないし、簡単に書けるブログなんだからあったことをわざわざ詳細に書く必要は無い。真実味に欠けても、ぼくは自分を守りたい。その人がまた気分の変調で仲良くしてきても、また気分の変調で殺そうとしてきても、ぼくは生きている自信が無い。だからその人から距離を置くことにした。ママはいなくなった。深い関係を浅くしていかなきゃいけない。死んでしまいたい。死んでしまいたくなる関係をまあいいかで終わる関係にしなければならなきゃいけない。

 難しいなあ。

 だからどうでもいいみなさん。仲良くしてください。ぼくを助けることが出来るのはどうでもいいあなた達なんです。あなた達に右腕を、左腕を、右足を、左足を、頭を持ってもらうことなんです。誰かが落とした時に死なないようにすることなんです。どうでもいいみなさん。仲良くしよう。会話でもキスでもしよう。どうでもいいくらいの。ぼくはしあさって退院です。殺さないでください。守ってください。