保育所

言葉なんて子を捨てる親と保育所のやりとり

ブログを初めて二年

 よくもまあ書くこともないのに二年もブログをやっているものだと思う。日常を主題とその変奏だと定義してからは良くも悪くも変わりのない日々を、絶えず手を替え品を替え描いているのだが、それは躁と鬱ゆえに出来たこととも言える。

 ここ二年それでもいろんなことがあった。大学を辞めて暇をして、ブログを始め、出会い系で彼女を作り、他の女の家で寝泊りをしていたのがバレて別れ、一人暮らしをし始めるものの、即閉鎖病棟に入る。退院してからは何事もない暮らしをして、行きつけのロックバーができて人と会話するようになって、開放病棟に入って出たかと思うと閉鎖病棟に入り、開放にまた入り、今もまた開放に入っている。なんと非生産的な人生。二回くらい死にかけて、やっぱり死ななくておめおめと生き恥を晒してる。無駄に大きい傷痕が年輪のようについてまわる。こいつはどれだけ失敗したのかと傷は周りに教えて周る。誇らしいことなど何一つない。ぼくはチキンレースに勝利したいわけではない。失敗して死んでしまう、そういう阿保になりたいのに、上手いこと生き延びてしまう。死ぬことはとても難しい。チキンレース形式でしか自殺へ向かえない自分が情けない。飛び降りや飛び込みにしない自分の弱さで生き延びている。

 やはり変奏である。死にたい自分を引きずって、二年間生きてブログを書いている。二年前と違うことは、二年間年を取っただけだ。夭折には遅すぎる二十三歳の五月をやはり生きのばしている。あと半年で二十四だ。くそったれ。誰かと仲良くなって、誰かと喧嘩して、理由を自分に求めてはすぐに見つかって、答えはあるくせに実行に移せないで、人が減っていく。後悔の数ばかり増やして、たまにそれを傷にして。その傷のかさぶたも治癒した頃、傷の中に埋もれた新しい傷は理由を隠してただ左手を汚く彩っている。前より汚くなった手首を見ては、見慣れていつもの自分をアップデートする。ケロイドが痒くなって掻いた。

 死んだ人と、死なない人の違いは、足や手が滑ったか否かだけなのかもしれない。そう考えると、死んだ人々がとても羨ましく思える。もう取り返しがつかないということだけで人の目を惹く。あんな奴らよりぼくのほうが文章が上手い。しかし、生きているというだけで足りない。取り返しがつかないということは、それだけで人々の感傷をくすぐる。生きている奴らの書く文章はむかつく。これ見よがしに出される哲学者の名前でお前の文章は肯定されないよ。これ見よがしに出されるリストカットや薬の画像ではもはやセンセーショナルでもセンチメンタルでもないよ。しかし、ぼくだって病気や境遇で扇情的に傷をつけられやしないかと試行錯誤してる。自分だけは自分のことを死者と生者の中間だと勘違いして、それだけで文章が少し素晴らしくなった勘違いをしてる。おめおめと生きてる、恥ずかしいほどの生者だというのに。そんなことを考えながらメンヘラ神のブログを読んでる。生前はほとんどいいねがつかなかったというブログを。二階堂奥歯も、高野悦子も、南条あやも、藤村操も、死んだだけの一発屋だが、その一発さえあげられない湿気た感情がぐずぐずに爆発も出来ずに朽ち果てる。もう死んだ人間の何を考えていたかだけがわかり、それが死んだことで本当の刻印が押される。おすすめのメンヘラブログをフォロワーに聞いたら、真面目に闘病してる人のブログを教えられた。そうじゃない。ぼくが読みたいのは生きてる人間の感情が早めに消したタバコ達みたいにぐずぐずになってるところ。誰かに向けたええかっこしいの傷口の治り方を見たいわけじゃない。授業中に先生の目を盗んで描いた絵を、こっそり暴くみたいに見せてもらいたいだけ。

 今日もぐずぐずと消した煙草のシケモクを吸うみたいに、抜け殻の人生を繰り返して送っている。ぼんやりとしてばかりいる。