本当のところ(月曜日)
金なんてクソどうでも良いことに振り回されてるのもあるんですけど、金はマジでクソどうでも良くて、先生に会える日が少なくなるから退院したくないんです。今だって9:00〜16:00までずっと煙草を吸って、病棟の人と一言二言喋って……。それだけですよ。一日。荷物だって受け取れないし、ギターも弾けやしないし、しょっちゅう外出と外泊してるし。だから、先生と会う日が少なくなるのを自分の心が了承さえすればいつでも退院できるんです。
クソほど疲れてる。めんどくさい。誰も僕をケアしやしないし、自分という存在が他者にとってデカく取れた鼻くそ以下の存在感しかないということに気付いたかと思うと、他者の顔色を伺うということを知らない患者がいつも通り俺に向かって自己紹介してくる。マリリン・マンソンに電話してくれ。タイラー・ザ・クリエイターは聞いてくれないぞ。俺は歩くパラドックス、いや違う。シナモンを飲んで罪を殴り書きしている。ミス・ロンリーハーツじゃないから人の悩みに対応するのは仕事じゃねえんだ。ねぇ、僕のミス・ロンリーハーツ、君の憂鬱を引き起こしてるのだったら申し訳ない。申し訳ないけれど、少しは嬉しいかもな。
誰も僕の憂鬱を理解しやしない。でも自分の憂鬱を話していい存在が欲しい。聞き上手のDr.TC。時刻は6時3分でも郵便流で行く気はない。先生のことは好きです。先生が好きだから入院していたいし、先生が週一でしか来なかったらすぐ退院してただろうな。キチガイとボケ老人とその中間みたいな阿呆に囲まれて、俺が一番まともだと思ってる。くだらない。どんぐりの背比べ。目くそ鼻くそを笑う。
もう先生に憂鬱を軽視されて、ダルくなった。でも、先生と話していたいし、でも、先生は僕の憂鬱を理解することはない。僕だって自分の気持ちがわからない。もう自分が嫌いで仕方がないし、そのくせ死にたいと思うより全員死ねと思ってる。でも郵便流を選ぶ気力もない。行動の声は言葉よりでかいはずだ。スコール。同じように椅子から転がり落ちて頭をぶつけてる奴らに捧げる。今の所身体に這い回る虫を口の近くまで手繰り寄せてる最中だ。ピッチフォークに見つかるためにはあと2分くらい必要かもね。
先生が毎日いたら多分酒とか飲まなかっただろうな。先生のせいにしちゃ悪いけど。でもどうせ入院に禁酒断薬の効果はないらしいし、僕は先生に会う度に先生からの印象を悪くしているだけな気がする。もういい。これで終わりにしたい。誰かトカレフを譲ってくれないか。絶望をおくれ、コルト・ガバメント!
月〜火の夜中
先生、せんせー。僕は悪夢を見ました。それはあまり覚えていないのですが、僕の心を何メートルか沈み込ませるには十分でした。それは大学生の頃の、酒や薬を酷く飲んでいた時の記憶で、それは今より生活の術が中毒に上回るくらいついていましたし、身体の調子も良いということで、全く楽観的に、健康的にジャンキーをやっていたのです。
しかし、酒や薬というものは恐ろしいもので、日常的にやっていると必ず癖になります。僕はゴミ当番の日を学習したカラスより浅ましい目をするようになって、下卑た冗談も簡単に飛び出て、どんどん薄汚れた人間になっていきました。周りはむしろそれを面白がっているという状態でしたし、卑怯モンと呼ばれて特に差し支えはないようでしたが、僕は生きている心地がしませんでした。いつ酒と薬の効果が切れるのかばかり考えていたのです。何かその時は酷く不安で、夢の中での再現は、夢特有の真に迫るリアリティのせいで生きていられない気持ちになりました。3回に1回増やしていく錠剤の数や、切れた頃にいきなり生活が退屈の牙を剥いてきて薬を欲するあの感覚がありありと思い出されたのです。
あの頃の心境が、フラッシュバックというと大袈裟ですが、夢によって思い出され、起きた時には全身に汗をかき、半泣きになりながら頓服薬を貰いに行きました。
それまでは「外でブロンを飲んで帰ってきてやる」とか「外で酒を飲んで帰ってきたぞ」だとか、小さなカッコーの巣の上でマインドで憂鬱を反骨精神に変えていたのですが、夢から覚めて、反抗や憂鬱の表明に醒めました。もう、あの頃には戻りたくありません。それに、先生の言うことを少しは守れる人間だと思われたいのです。
そして、入院に断薬の効果がないと知っていても、悪夢を見た時に先生に喋れるようにはしたいのです。悪夢を見た時に、ただそれを聞いてくれる人がいる安心を、もう少しだけ享受したい……せんせーがだいすきなのもあるけど、せんせーがいるとあんしんするのもある。安心したいから先生とずっと一緒がいい。もう少し先生の顔を見て安心する生活をしていたい。まだ号泣する準備はできていないんだ。
せんせーがどっか行っちゃうと思うとすごい悲しくなる。生きてはいられないと思う。少しの間先生にもたれかかりたい。半ば押し倒すみたいにもたれかかって、存在という全体重を先生に負担してもらいたい。
やだ。せんせーにきらわれたくない。でも僕は嫌われることしか得意じゃないんだ。約束なんて守れないし、贈り物のセンスもない。嫌な感じの嘲笑でうまい皮肉を言ったつもりでも誰もそれで笑いやしない。アイム・アン・イミテーション。もう無理っすわ、バレバレっすわ……。言い訳のパンチラインはナチュラルボーン・プリンス・オブ・スカム!
僕には人間関係が全て、最初の印象を目減りさせていくゲームのように感じる。だから先生と会いたいけど、会えば嫌われるのが嫌だ……。つまらない男で、頭が悪くて、顔も醜い……。すぐに喧嘩腰になるくせに何も上手い反論は言えやしないからすぐに不貞腐れる……自分が嫌いで仕方ない。犬みたいに命令を忠実に守るくらいの頭脳が欲しかった。犬みたいに直接的に感情表現できればよかった。でも褒められるのは犬くらい好きだから、先生が褒めてくれたら、生活ももう少し頑張れると思う……。
ジョナサン・ピーチャムがいくらピンハネするのかわからないけれど、できる限り先生と一緒にいたい。
「このオペラでは正義よりも慈悲が重んじられるのだ」……このオペラもそうでありますように。
「人生はこんなにも厳しい、悪事には寛容であれ!」……この病院でもそうでありますように。
火曜日
嫌な夢を見て、汗をかいて起きる。青森では地震が起きたらしい。急いで両親に電話をかけ、「身内の安全の連絡が取れたら連絡をくれ」と電話した。誰かの命はそれ以外の誰かにとっては価値があるらしい。自分の命もそうだといいな。いい加減雪かきも出来ないうちの大伯母とはとこの命運を祈りながらNHKを見たが、期待するような現地の情報はなく、倒壊した家屋もなければ死んだ人の情報もない。すぐに次のニュースに移る。日中関係。僕は自分が心配しやすいたちなことを理解してはいるけれど、こうも「お前の悩んでいることは世間一般からみればちゃちなことだ」と言われると少しばかり悲しみと羞恥を得たりする。まあ、人が死なないことはいいことだ。一般的には。
僕にはゴルフ・ワンを買う金もない(それが悲しみの原因ではない。だってあれ、ださいでしょ笑)し、ウルフ・ギャングもいないから、全員皆殺しにしてやるなんて思わない。でもタイラーでもないくせにウルフ・ヘイリーを殺すために女性ホルモンを飲んでる。タイラーがウルフ・ヘイリーになれないように、僕はヴァージニア・ウルフにはなれないみたい。ウルフ・ギャングが皆殺しにする前にタイラーは首を吊ってしまった。ヴァージニア・ウルフは病気を勉強するために読んだけどつまらなくて何も覚えてやしないよ。だからこんなもの病跡学にかけたら健常者だって言われるかもね。
結局のところ、僕は気持ち悪いだけだし、気分悪いだけだし、気味が悪いだけだから誰にも好かれやしない。嫌われ者の悲鳴はいい響きかな。21世紀の精神異常者だし、名前だって変えたけど、テイラー・スウィフトに喧嘩売るくらいの元気すらないよ。奴らに気が狂っているって言われたけれど、それで許されるのはバーの中でカリカチュアの病人を演じてる時だけだ。僕の人生に笑い話なんか一つもない。あるとすれば少しの言葉遊びくらいで、ハックルベリー・フィンの最後と『フィネガンズ・ウェイク』くらいつまらない。親父ギャグのほんの少し下かな。
心の中の宝箱には子供じみた創造性、純粋さ、正直さが入ってる。それを開けるのに苦労してる。頑張って何かをサンプリングしてもブルースメンみたいに椅子とギターだけが残る。奴らは青い音を聴いても青い鳥は見つけられない。僕もそいつらと同じだけど半音のさらに半分のチョーキングもできなければギターみたいに泣くこともできない。本当は先生の前で泣けたらって思う。クレヨンしんちゃんの違法転載で泣く準備をしてるけれど、先生を目の前にすると打ち負かされて髪をかきあげることくらいしかできない。別の病棟のやつが可愛らしいヘアピンをつけてて笑っちまった。青春を引き延ばしたみたいな水色の夕焼けが目に染みる。僕は欲しがるためのペピンを探してるだけなんだ。それかベンゾジアゼピンかもね。膝を入れるためのカーディガンに膝を入れようとしたらそれはコスプレ用のカーディガンだったからポケットは飾りだった。何もうまくいかないようだけれど、何もうまくいかないように願ってるのかもしれない。ビスケットを入れることすら敵わないカーディガンに手を入れようとして諦めてズボンのポケットの中に手を納めた。
自主規制
まあ、憂鬱なんて事務的な話をすれば、家に帰ったら手首を切りたくて仕方なくなった。でも金曜日にはオーディオ・インターフェイスが届くし、来週の月曜日には延滞したクレジットカードの支払いしなきゃいけないし、来週の金曜日には髪を紫に染めにいく予定だから、いい子にしてなきゃいけない。そんなことより、『レザボア・ドッグス』にポール・オースターの『幽霊たち』は関係してると思う? そういう話をしていたいんだ。憂鬱に対抗する術は知らないけれど、あなたが事務的な話以外をしてくれたら1回分のクエチアピンくらいにはなるだろうね。そうならないように煙に撒いてるのかもしれない。先生は何が好きなんですか? チョコレートからニーチェまで、砂浜から宇宙まで、ハッキングから今晩のおかずまで、なんでもいいですよ。あなたは個人であることから逃げ続けているように見えるし、キチガイ相手だとそれが正解なのかもしれない。「名前と顔すら覚えないでください」とマイクを調整することなしに叫ぶ漫才師。でもそれは多分一番記憶に残るだろうな。
行動の声はいつも言葉よりでかいから、手首を切ったり薬を沢山飲んだり酒を飲んだりしたくなる。でも先生が「酒や薬をやっている人との診察は意味がないと思っているので」と言ってたから頑張ってお酒を飲まないようにしてる。中身がないことは好きだけど、意味がないと思われるのは呆れられることにも似て、捨てられるんじゃないかと不安になる。まあ、先生は僕を持ってすらいないだろうけれど。あきれられないようにがんばる。くすりをたくさん飲まずに帰れたら多分明日こそは先生に会えると思う。先生に会いたい。呆れられないように頑張りたい。ちょっとばかしは褒められたい。人の愛というものは自分が与えた分だけ与えられるものだとポール・マッカートニーが言ってた。酒を飲まないことが愛であると言わないけれど、僕にとってのidealかもしれない。それに、与えたと思っている人は与えたものを無碍にされた時に一番怒るようです。精神科医というこの世で最も暖簾に腕押しし続けているであろう職業(馬鹿にはしてないですよ。その苦労を察しては嘆いてさえいるつもりです)にはありきたりなことかもしれないけれど、先生の格言の一つでも会得したと思われたくて、与えられたものを捨てたように見せたくなくて、頑張ってお酒を飲むのをやめてます。
言葉によって人は誤解を続けているのかもしれない。犬は他の犬に誤解するだろうか? 僕はそういうことを思うと先生の横で薬を沢山飲んでぼーっと呆けた笑顔で佇みたくなるのですが、白痴を世話し続けることの大変さは僕が一番わかってます。くすりをたくさんよりどりみどりで飲んだとしても、狂ってるのは僕だけじゃないらしい。でも、狂ってるのはあんたなんだって呟かれてもぼんやりと空を眺め回しては聞こえてないふりをしちゃうかもね。だけど、息をするのも忘れて、手垢に塗れた世界の終わりを歌いながらそういうの興味ない!