保育所

言葉なんて子を捨てる親と保育所のやりとり

日記

 医者に行った。医者にメモの通り話す。

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 人間関係で悩んでしまうことが多いと言うと、医者は「去年の今頃は人と会わないほうがいいんじゃないかって言って人と会ってなかったじゃないですか。その時はすごく安定していたし、顔も強張ってなかったので、人と会うのをやめてみるのはどうですか?」と言った。

「それはちょっと……。孤独も苦手ですし……」

「そうですか……」

 こうも、対人関係が向いていないと医者に言われると、ただただへこむ。人と会わない生活でもし快癒しても、人と会えない健康な人が出来上がるだけで社会復帰なんて夢のまた夢だ……。ショックで今、部屋に横たわっている。風邪薬はもうやめた。処方箋はまだ取っておきたい。意識を消し去りたい。本当は酩酊なんていらない。本当に欲しいのは冷静さだ。冷静に物事を見て、必要以上にショックを受けたりしないような冷静さ。やけにならない冷静さ。それはどうやっても手が届かないからやけになる。水面に映る自分の姿に吠える犬みたいに自分が恐ろしい。どうしようもないということ。それを認めなければならないことが怖い。これから孤独を選びとらなきゃいけないのかな。自分のためにも、他人のためにも。思えば他人には迷惑ばかりかけている。だから周りから人がいなくなる。それで自分も傷つく。どちらにも損なんだ。どうしようもない。孤独を選び取る強さをください。孤独を認める冷静さをください。だけど今日は薬をください。

永遠がなかなか過ぎず

「なにもしない生活って恐ろしいよなあ」

 とパパが言ったことを思い出す。無職の生活はほぼ余生と同じだ。いつ終わるかわからない永遠。そんな感じだ。今日もまたブロンに手を出してしまった。最寄りのドラッグストアで八十四錠を探し求めたが、なかった。毎回「今回だけ」と思っているから一番安いAmazonで購入せずに割高なドラッグストアで購入している。今回はすぐに救済が欲しかったから、糖衣錠を洗って剥がして飲んだ。喉をぬるぬるした錠剤が這うように進む。気管に入ってむせた。胃液までせり上がってきたが、なんとか押し止め、コップの中に少しの錠剤と水を吐いて、それをまたつまみ上げては飲んだ。喉をかたつむりが這うように錠剤が進んで、全部飲みきってから、シャワーを浴びた。

 昨日は羽川さんが家に呼んでくれた。羽川さんは既婚者だから家に上がるのは緊張した。しかしそれを上回る虚脱感で、大きな犬に迫られてもどこか上の空だった。一緒にミュージシャンが音楽を作る動画を見ながら、「そうだ。これを頑張れば良いんだ」とわかった。わかったのに今日また薬に手を出した。永遠をこなす術がわからない。いつでも電話くれて良いからねと言われて、ぼくはぼくを助けてくれる、助けようとしてくれる存在に気がついて感謝した。薬の過量服薬で、何を話したかは忘れてしまった。一緒に犬の散歩をしたり夕飯を食べたりして、時間が経つ度に「しゃっきりしてきた!」と言ったけれども、その度に「まだちょっと・・・・・・」と言われた。寝そうな時に「危ない寝るところだったー」と言うと「もう寝てたよ」と言われた。寝てないと思ったのに寝てることはよくあった。パパにも同じこと言われたことを思い出した。森が「たなかが再びODに手を出したのは俺がやってるからじゃないか」と心配していたと聞いた。今日も薬を飲んでいる。理由なんかはなかった。パパのせいでも森のせいでもない。ぼくはただ永遠が怖くて薬を飲んでいるだけだった。薬を飲む度にその周辺の物事を理由にしているだけだった。自分が自分の堕落の容疑者にならないために、周りを容疑者にしているだけだった。基本ぼくはぼくの内面が嫌いだ。でもブロンを飲んで幼児退行しているときの自分は好きだ。うまく幼児の自分を出すことができない。病院で初めて見た幼児の自分の人格と一緒なのかはわからない。憑依するように演じている役者と同じなのかもしれない。それでも頭のネジを二三本抜かないと甘えることができない自分が情けない。弟が障害児だったから、自分が自立して、なるべく倒れたりして注目を浴びないようにしなければならないと思ってしまう。寄りかかって甘えることと、普段の自分の二面性を許容できない。周りの人々、安心してください。あなたがたのせいではありませんから。

 自分はいつになったら自分を許せるようになるだろう。永遠をこなせるようになるだろう。永遠から抜け出して真人間になれるだろう。口と鼻の間にブロンの臭いがこびりついて、手足がそわついてきた。効いてきているからそれを理由に子供っぽくこの文章を締める。

 じゃーねー。

くすりをたくさん

 また手を出したふわふわだ。ブロンが効くまでの数十分数時間を克明に文章にするなんて分かりやすい狂気にぼくは参加しない。ぼくはなぜまたここに戻ってきてしまったんだろう。と思う。

 数時間前、パパとぼくは一緒にいた。安心できる関係で、二回も昼寝をしてしまった。このまま朝まで一緒にいるもんだと思っていた。パパと寝て、あわよくばぎゅーをして朝に帰るような暮らし。さらに言えばずっとこのままここで暮らせないかとさえ思う。家賃の何割かは出すから。炊事家事洗濯するから・・・・・・。なんて、本人には言えないことをここに書き連ねる。

 そこから普通に電車に乗って帰った。さっちゃんから貰ったギターがあった。スメルズライクティーンスピリットを弾いて虚無になった。ぼくの部屋は少し乱雑に物がおかれていた。無が乱雑している。物はあっても何もない。死にたい。また孤独だ。と思うと最近ツイッター、ライン、現実で話したオーバードーズの話を思い出してきた。身近に迫ってきた。抱え込んでやるとそれは可愛らしい誘惑に思えた。ロラゼパムをほぼ三日ぶんの上限だけ飲んで、あと、それでも足りなくなって、酒を買いに行った。5%と6%のを一本ずつ。350ml×2本。それをキャス中に飲みきると、足りなくなってブロンを買いに行った。84錠は売っていなくて、84錠は一回にしては多いから、ちょうど良い60錠を選んで、また家に帰る。そしてキャスをする。もう飲み慣れた大きさの糖衣錠。甘さでプリンを選べなかったことに後悔をして、それを書き消すように薬を飲んだ。で、今キャスをしている最中。ブロンが効いてきた。胸が多幸感でふわふわ浮いているみたいだ。パパに叱られたい。お薬パパの管理にしてもらって、毎日のぶんだけ手渡されるんだ。なーんて妄想をしている。いつもは泣きながらしている空想も、ブロンがあれば笑いながら話せる。依存かなあこれは。ぼくはパパの子供でありたいなと思った。なのに、臆病から一回も「パパ」と呼べなかった自分が情けない。パパの子供になって、それでいて生活のパートナーで、なんて空想がリアルになったら良いのにな。ずっとパパのそばにいれたら良いな。パパが顔をしかめない限り、そばにいることを許されたらなあ。パパについて知っていることは少ないけれど、恋心でもあるまい風邪薬の胸のときめきのせいにして、別人格のせいにまでしてたった一言を言います。「好きです。どうかぼくから遠ざからないで。パパ」なぎからいえるのはこのくらいです。一緒にいれたらなあ。ぼくといるときはぼくが気を使わないで済むように気を使ってることもわかるけど。ぎゅーしたいし、添い寝も良いな。ぼくに勇気があればなあ

横たわる

 なんだか、家にいる時は何も出来なくて横たわっていることが多いです。鬱の始まりだなとわかってしまい、余計に落ち込んでしまいます。うつヌケでは気温差が激しいと辛くなるって書いてありますが、ぼくもそのパターンだなと思いながら辛くなっています。これから病院に行く用事があるのに外は雨で、明日も外に出なきゃ行けないのにぼくは鬱で、何もこなせる気がしません。自殺とは自分を殺すと書きますが、その文字のとおり、なんにも出来ない自分を刺殺か絞殺してやりたい時があります。どうせしないんですけど。

 これから一時間半かけて病院へ行き、一時間半かけて戻ってくるのか。そもそもそんなことできるのか? こんな体調の悪さで。早く気温か自分が安定してほしい。病院だと元気になれるのは気温が一定だからかもしれないなと思いました。

 横たわって文字を打つことくらいしかできず、頭の中も乱雑なので、まとまった文章を書ける気配すらありません。なにもしたくないです。ていうか消えたいです。嫌いな人の存在とかどうでもいいくらいただただ自分の体調が悪い。嫌いな人のこと考えなくても、不安か不穏になって、その時々の薬を飲みます。不安か不穏かわからずどっちも流し込む時もあります。治るのかというと、なんだか眠くなって、寝て、起きて、また辛いだけです。手首を切ったり薬をたくさん飲んだり、わかりやすく堕落して、退廃(笑)だと気取れれば少しは楽なのでしょうけれど、簡単な退廃はただの堕落だし、詰め将棋みたいな話で、こうすればこうなる、ああすればああなるというのが多すぎて、何も手がつけられません。ぼくは治りたいというのに、楽な方向へ、自分を罰して、自分を否定できる脳は残っているという証明をする、という道を否定出来ない。現状を打破するものは何一つ見つかってないけど、現状を否定する術だけは知っている。なんの意味もないのに。

 手首を切ったり薬を飲んだりという逃避を続けていると周りが避けていくというのはもう学んだのでなるべくやめたいですけどね。なぜ自分を罰する方向には動くのだろう、身体。世が悪い親が悪い訳ではなく、ただただ自分しか否定できない。昔の総理が流行らせた自己責任。さっさと死んでなくなりたいです。そのためにも動けないくせに病院に行くだろう。行ってきます。

今でも幸せ

 ここ最近は人と会うことが多く、その数々をちゃんと描写すると楽しいや幸せという形容詞が似合うのではないかと思われてきます。しかし、躁鬱や解離を理由に社会からドロップアウトしている身からすると、その形容詞が付くことによって他人から攻撃されるのではないかと身ををすくめてしまう。鬱についての本を読んでいると、「鬱の療養は部屋でじっとしていることではなく、楽しいことを楽しいと感じてすることなのだが、そこの勘違いで前者の療養をしていないと批難されることが多い」というようなことが書いてあって心から同意した。どうせこんなブログ、ぼくのことを好きな人とぼくのことが嫌いな人くらいしか読んでいないのだから好き勝手書き散らせば良いのだろうけれど。

 金曜日は人付き合いがうまくいかなくて、さっさと死にたい気分になっていたら森が家に来て鬱に良い食材を置いてギターを弾いてくれました。それからバーに行くと、金曜日ということもあってか、ハッピーな雰囲気にあてられてしまい、ぼくらは根暗なんだと再確認しながらすごすごと終電を前に帰ったのでした。

 土曜日の記憶はありません。

 日曜日はぼくの曲をなんとか形にしたい一心で友人(ドラマー)とスタジオに入り、試行錯誤してようやく、「ぼくはドラムがようわからん」という結論に達しました。

「タムで刻んでみるとかは?」

「すごいださい」

「もっともたった感じに演奏できる? リンゴスターみたいに」

「うーん、どうすればいいかわからないな

「すみません……」

 月曜日は病院の友達と遊び、喫茶店でぼんやりとおしゃべりをしました。他愛もない話(病人の他愛もない話とは人生や生活上の不安になるのですけれど)をして、そろそろ頃合いかと外に出ると大雨が降っていました。ぼくは別の友人と食事の約束があるからとそこで別れてしまったのですが、雨に降られずに帰れたのかが気がかりになりました。気がかりにすることで罪悪感を少しでも少なくしようと思うけれど、考えれば気がかりになって脳みそにこびりつきます。また遊べたらいいなと思います。晴れた日に。

 それから羽川さんと会い、食事をして、他愛もない話(どうしてぼくの他愛もない話は生き死にが絡んでしまうのでしょうね)で笑い、うまくいかないことに対して平行線上を巡り、そのくせに頭の回路がこんがらがり、二十一日(疑似家族のパパと遊ぶ約束があるのです)に期待をして、昔の不幸を吟味して、喋り疲れて解散をしました。

 

 楽しい日々にも終わりが来るのが当たり前です。夜は無邪気な子供のようにぼくの顔をしかめさせます。暖かい布団に潜ると、途端に涙が出てきます。布団に入ると、自分の幼少期が思い出されるのです。白黒思考のせいで「幸せな幼少期を送っていない以上、百パーセントの幸せは得られない。この夜の辛さは死ぬまで続くだろう。ならば生きていても意味がない」と思い、いっそのことアルコールや市販薬で気分を上げようと思うのですが、こういうときに気分をあげると自殺衝動だけが上がり、閉鎖病棟に行くことをぼくは経験でようやく学びました。最近、森には「たなかは一人で酒を飲んじゃダメ」と断言されました。そもそも素面の自分の気分も信用できない病気ですから、酔った時など余計信じることができません。楽しい日々。楽しいのだけれど、それをマイナスにする夜が潜り込む。いくらプラスを重ねてももうマイナスはひっくり返せないのではないか。簡単な例えに逃げるなら、底の開いたコップに水を注ぐようなものではないかと思ってしまうのです。時折言いようがなく寂しくなり、涙を流して眠る時があります。ぼくが三十になった時……。いや、それでは遅いか。二十五……。ともかく数年後、ぼくが同じ理由で幸せや楽しさの目の前でふてくされた顔をしていたならば、もういっそのこと刺し殺してやりたいと思う。今だって幸せなはずなのだ。それが昔の出来事に左右されるなんて馬鹿らしい。馬鹿らしいとわかっているのにな。楽しい日々に失礼だ。