反日常系

日常派

永遠がなかなか過ぎず

「なにもしない生活って恐ろしいよなあ」

 とパパが言ったことを思い出す。無職の生活はほぼ余生と同じだ。いつ終わるかわからない永遠。そんな感じだ。今日もまたブロンに手を出してしまった。最寄りのドラッグストアで八十四錠を探し求めたが、なかった。毎回「今回だけ」と思っているから一番安いAmazonで購入せずに割高なドラッグストアで購入している。今回はすぐに救済が欲しかったから、糖衣錠を洗って剥がして飲んだ。喉をぬるぬるした錠剤が這うように進む。気管に入ってむせた。胃液までせり上がってきたが、なんとか押し止め、コップの中に少しの錠剤と水を吐いて、それをまたつまみ上げては飲んだ。喉をかたつむりが這うように錠剤が進んで、全部飲みきってから、シャワーを浴びた。

 昨日は羽川さんが家に呼んでくれた。羽川さんは既婚者だから家に上がるのは緊張した。しかしそれを上回る虚脱感で、大きな犬に迫られてもどこか上の空だった。一緒にミュージシャンが音楽を作る動画を見ながら、「そうだ。これを頑張れば良いんだ」とわかった。わかったのに今日また薬に手を出した。永遠をこなす術がわからない。いつでも電話くれて良いからねと言われて、ぼくはぼくを助けてくれる、助けようとしてくれる存在に気がついて感謝した。薬の過量服薬で、何を話したかは忘れてしまった。一緒に犬の散歩をしたり夕飯を食べたりして、時間が経つ度に「しゃっきりしてきた!」と言ったけれども、その度に「まだちょっと・・・・・・」と言われた。寝そうな時に「危ない寝るところだったー」と言うと「もう寝てたよ」と言われた。寝てないと思ったのに寝てることはよくあった。パパにも同じこと言われたことを思い出した。森が「たなかが再びODに手を出したのは俺がやってるからじゃないか」と心配していたと聞いた。今日も薬を飲んでいる。理由なんかはなかった。パパのせいでも森のせいでもない。ぼくはただ永遠が怖くて薬を飲んでいるだけだった。薬を飲む度にその周辺の物事を理由にしているだけだった。自分が自分の堕落の容疑者にならないために、周りを容疑者にしているだけだった。基本ぼくはぼくの内面が嫌いだ。でもブロンを飲んで幼児退行しているときの自分は好きだ。うまく幼児の自分を出すことができない。病院で初めて見た幼児の自分の人格と一緒なのかはわからない。憑依するように演じている役者と同じなのかもしれない。それでも頭のネジを二三本抜かないと甘えることができない自分が情けない。弟が障害児だったから、自分が自立して、なるべく倒れたりして注目を浴びないようにしなければならないと思ってしまう。寄りかかって甘えることと、普段の自分の二面性を許容できない。周りの人々、安心してください。あなたがたのせいではありませんから。

 自分はいつになったら自分を許せるようになるだろう。永遠をこなせるようになるだろう。永遠から抜け出して真人間になれるだろう。口と鼻の間にブロンの臭いがこびりついて、手足がそわついてきた。効いてきているからそれを理由に子供っぽくこの文章を締める。

 じゃーねー。