反日常系

日常派

明滅のワルツ

 たぶん数年前に書いたままだった小説を載せます。ここにも載せた記憶があるのに、記事が残ってませんでした。

 

 

明滅のワルツ
 クリスマスの飾り付けが明滅を繰り返している。一つだけ、他とは遅れたり早くなったりを繰り返しているものがある。他が押し黙ったように暗い時に、やけにそれだけが光って目立つ瞬間がある。さらによく見ていると、ほかの飾りが四分の四拍子、もしくは二分の二拍子で動いているのにも関わらず、目立つ電球は三拍子だったり、七拍子だったりするように思える。規則性がわからない。万華鏡をのぞき込んだ時のように、綺麗で規則性があるということだけは分かるのだけれど、複雑すぎて言葉で表せられない時の感じ。

 街で唯一のクリスマスツリーとその前のカフェーはやはり混んでいた。クリスマスツリーの観衆に混じって観察するのにも飽きると、カフェーの中を横目で観察した。やはり高校生が多い。大学生もわずかながらいる。成人や社会人はほとんどいない。私はあなたに連絡してそこから二、三百メートルのジャズバーに行った。ここは穴場なのだ。マスターの意図によるものなのか(おそらく違う)いつも、私か、私を含め二、三人しかいない。今日は前者だ。手袋を擦り合わせるようにして脱ぎ、かじかんだ手でコートを脱いだ。私のいつもの席、1番端っこにコートや手袋を置く。
「寒いですね」
 暖炉に手をかざして顔だけをマスターの方に向けて言う。
「これからもっと! 夜になると雪がわさわさ降るようになる。この街の冬は慣れた?」
「いやー、慣れないですよ。だってまだ私こっちきてからまだ二年経ってないんですよ」
「あー、旦那さんは? 後から?」
「後からです」
 顔の側面がチリチリと熱くなった。暖炉をまっすぐ見つめる。この街の冬を快適に過ごすには薪が必要だろうか。もし、この地に家を建てたらどんな暖炉を?
「レコード変える? どこもかしこもクリスマスソングじゃない」
「いや、私はこのままでいいですよ。どうせクリスマスソングってクリスマスしか聞かないし、葬式の読経みたいな感じです」
 それに、ジャズ詳しくないし……、とは言えず手をグーパーしてかじかみが取れたかを確認する。暖炉から離れて外を見ると雪がすごい音を立てて降っていた。明日、クリスマスツリー周辺にいた学生が雪だるまになってなければいいけど。あなたからラインが来て、「仕事は今さっき終わったけれど、雪のせいか渋滞に巻き込まれてる。ごめん」という内容にいつも使い慣れてる絵文字が散りばめられていた。男の人って決まった数個の絵文字を酷使する印象がある。私は無意識の癖を見れるようで好きだ。あなたがどんどん型遅れになって、若い女の子に笑われるくらい型遅れになってほしい。私も流行には詳しくないから、地中深く埋められたカップルの化石みたいに過ごしていきたい。いつもの席へ座る。
「子供がクリスマスツリーに群がってましたよ」
「光るもんが珍しいんだろうね。珍しく思って、竹取物語みたいに切らなきゃいいんだけど」
 私は笑った。
「この街は何もないですもんね。だから出来事や行事が必要以上に重視されてるのかも」
「まあな、俺も人のことは言えないけど」
「なんかあるんですか?」
「町内の餅つき大会のために腰鍛えてる」
「あー、前回ギックリ腰やったって言ってましたもんね。大丈夫なんですか? 無理に動かすと良くないでしょう」
「今までまたやってないし平気だろうと……。それに体鍛えておかないと雪かきもあるし」
「あー、雪かきかあ」
「旦那さんがやってくれてるの、?」
「やってくれてますね。やっぱり彼の地元だし、私やり方わからないし、運動音痴だし」
「そりゃ旦那さんに感謝ですね」

 席に着く。カフェオレを頼んだ。身震いして、手で身体を擦る。縮こまる。
「もうちょっと暖房強くしてくださいよ。エアコン!」
 暖炉だけでは店内の寒暖の差が激しいのか、エアコンもついている。私の席はエアコンの送風が一番に受けられ、そして風が拡散しないので、エアコンがついてると風が送られてとても暖かい。それと同じ理由で夏は真反対のところを特等席にする。冷房の風から逃れるのだ。
「やっぱりレコード変えるわ。なんとなく違うの聴きたくなった」
「どうぞー。いつもそうやってるじゃないですか」
 元気というよりアッパーだったクリスマスソングがぶつ切りされ、電子音がただ重なっていくような不思議な曲がかかった。
「これもジャズなんですか?」
「いやいや、違うよ。なんとなく聴きたくなったんだ。こういう雪の日ってこういうの聴きたくなるんだ。雪の感触の音っていうか、積もり方の音圧って感じがする」
 マスターがカフェオレを持ってきながら話す。
「詩人ですね」

 カフェオレを前にしながら、本を読む。この本はあなたの部屋からくすねてきたものだ。といっても、あなたの部屋の本棚はとても小さくて、カラーボックスの一番上段に、ひっそりと実用書を背にして文庫本が何冊か立っている。やや昔の女性小説家の恋愛小説。高校生の頃に映画化したりして、少し流行っていた。たぶん後ろの作者近影と、今の作者本人とでは顔が少しは違うだろう。なんだか本を読む気になれずに、ぼんやりカバーを外したりつけたり、絵がないかパラパラとめくったり(なかった)、匂いを嗅いだりした。すこし、あなたの匂いがした。私と出会う前の匂いもすこしついてるのだろう。あなたの部屋の匂いがする。煙草のせいだろう。くんくん。降雪は豪雪とも言っていいくらいだ。私は全身に雪がついたあなたを見て、あなただとわかるだろうか。それか、凍ってしまった外の世界をここから双眼鏡で見て、変な形で凍って命を落としてしまったまぬけな人々の中からあなたを見つけ出せるのだろうか。そんな考えが浮かぶのは最近変な映画見すぎてたからかな。スマホでつけている日記を見る。ふむ、最近はちょっと昔のパニック映画を見すぎたな。好きなわけではないけれど、簡単にドキドキして、無駄のない二時間で後腐れなく、「よかった(もしくはその反対)」で終われるのがいい。人生とは大違い。
 次は何を見ようかな。

 バチンッと音がして真っ暗になった。店の中で唯一の明かり、スマホが私の顔を照らしている。スマホを消して
「どうしたんですか?」と言う。
「ちょっと待って。あれだ。たぶん雪のせいで電線が切れたんだ……すぐ戻ることはないだろうから、ゆっくり待ってよう」
 マスターはペンライトを片手に引き出しをゴソゴソやっている。かちっかちっ。
「あーこんな時にガスがない」
「ライターですか?」
「そうそう。持ってる?」
「いやー、ちょっと探してみます」
 スマホの灯りでバッグの中を漁る。あなたのライターが入ってたりしないかな……。途中で気づく。
「蝋燭ならガスコンロ使えばいいんじゃないですか?」
「あっ、そうだね」
 蝋燭の灯りで随分目が見えるようになった。二本、三本……と点けていくとそれぞれの炎の揺れのリズムに照らされて、陽炎の中にいるみたいだ。
 店の中は静かになった。吹雪の音だけが聞こえた。マスターは奥からすこし埃っぽい毛布を持ってきて、私にかけた。「エアコン切れたから、寒いでしょう。それか暖炉の側に来る?」パチパチと音を立てる暖炉の前で毛布を敷いて体育座りをする。
「大丈夫かねえ、旦那さん」
「大丈夫でしょう」
 と、言いつつ不安になってくる。スマホを取り出してラインを打つ。
「大丈夫? 信号停電してたりしてない? 気をつけてね。急がなくていいから」

「停電はあまりないなあ」
 のんびりとマスターが言う。ごそごそと携帯用スピーカーを取り出して、さっきとは違う曲をかけてる。今度はジャズっぽい。
「いつになったら着くんですかねえ。彼は……。急がなくてもいいから早く着いてほしい……」
「まあ、そんなに心配しなさんな。お酒でも飲んで」
 マスターがウイスキーのロックを私の側に置いた。
「お金は取らないから」
 一杯飲み、二杯飲み、することもないからあなたのことばかり考えている。初めは大学で同じ学部だった。そこから就職して、何回か会って、職場が近かったから同棲して、あなたが転勤になるのを聞いて、仕事をやめて着いてきたのだ。どうやら、そう言う形は結婚と呼ばれるらしいから、そのまま式も挙げずに結婚した。名字が一つだけの団地の郵便受けを見たときは感動や感慨より先に、「すっきりしている」と思った。私の名字は画数が多かったから。
 おとぎ話やロマンチックではないにしろ、私なりの恋愛なのだろう。流されるままと言えば聞こえが悪いけれど、流れは運命だったのかもしれない。デートでどこ行ったかと考えるより先に、休日にマリオパーティーしていたのが思いつく。何回も思い出を反芻して、ぼんやりしたあなたが今までよりさらに愛おしく見えた。蝋燭の炎に照らされてるあなたの幻想。おぼろげに映っている。ゆらゆらと輪郭が炎に揺らされている。

 結局、彼は日付が変わった後に来た。その頃には、私は暖炉の側で毛布を被って寝ていた。クリスマスソングがいつもより小さい音でかかっていた。あなたはあらゆる交通の難所を身振り手振りで説明したり、冷えた手で私のほっぺたを引っ張ったり、急に「寒い!」と言って、溶けた氷によって薄まっていた私のウイスキーを全部飲んで、さらにもう一杯ウイスキーをショットで飲んだ。あなたがすること、喋る言葉、全てが面白くてずっと子供のように笑った。寒さのせいか酒のせいか頬が赤くなったあなたは、私の毛布にもぐり込んだ。私に抱きついて寝始めた。わたしはマスターにすまなそうな顔を向ける。
「ちょっとまた寝てもいいですか?」
「どうせまだ停電だし、それに飲んじゃってるから運転できないでしょ」
 たしかに。また寝よう。おやすみなさい。

 夜が明けて、蝋燭が順々に吹き消されるのを二人で寝ぼけながら見る。
「メリー・アフタークリスマス!」
 マスターが店を閉める準備をしながら、こっちに向かって笑顔を振りまいている。私はコートを着て手袋をつけて店の外に出る。
「あ、そういえばね。クリスマスツリー見に行こうよ」
 二人でクリスマスツリーまでを身を寄せ合って歩く。
「あのね、あれだけが変にちかちかって周りのリズムとは違ったんだよ」
 ツリーの中ほどの飾りに向かって指差す彼女。
 あなたはその指の先を見る。停電しているからクリスマスツリーは一つも光っていない。赤や緑の嘘っぽい飾りと、精気を喪ったかのような電飾。朝焼けと氷の反射が眩しい。あなたはぐるりと周りを見回す。ふと、向かいの住宅のライトアップが目に付いた。彼女が見たのは、飾りが向かいのライトアップを反射していた光ではないか。
「不思議だね。ケーブルがちぎれかけてたのかな」
「燃えるよりかはよかったね」
「そうだね。さて、車に戻ろう。寒いでしょう」
「来年こそは遅刻するなよー」
「じゃあ来年は雪を食い止めといてくれよな」
 あなたは自分のポケットに手を突っ込んで車の鍵を確認したあと、彼女のコートのポケットに手を突っ込んだ。彼女は手袋を外してポケットの中のあなたの手を握った。