反日常系

日常派

日記

 夜になれば死にたくなるし、朝が来ても思考の同じ曲がり角を曲がればすぐに死にたくなる。やや衝動的にならないようにはなってきたが、それは自省してルーレットに賭けないようになることではなく、金がなくてルーレットに賭けれないという事だ。気力がなくて何もできない。全ての元手になる気力は簡単に獲得できる訳ではない。養っていくものなのだ。根っこが腐った気力は葉や枝を伸ばすこともできず、自殺のために体を動かすことも出来ない。ただ立ち枯れて朽ちるのを待つだけ。

 赤子のような稚拙な繰り返しで辛さを描写したい訳ではないのだ。そうわかっている事がまた書いている自分の気分を下げる。さっさと死にたい。それしか言うことがない。自分の生活を写生するのがブログなので、生活の中に憂鬱しかなければそうなるのも当然なのだが。

 上手くいかないから変身願望が強くなる。タトゥーを入れる予約を入れたが我に返ってキャンセルした。明後日には金髪にしてくる予定だ。したい髪型にするにはいつもちょっと短い。女性の髪型やメイクや服装に憧れるのに、自分から選びとることが出来ない。去年から女性ホルモンをやめたが、様々なものを失って、だんだん汚くなっていく気がする。顎に生えるポツポツとした毛や、少し生えるのが早くなった気がする鼻の下の産毛が自分を苛んでいく。女性にイノセンスを夢見ることを辞められないから、男女二元論のなかで自分が男の側にある事に悩まされる。男性は汚くて、粗野で、気持ちが悪い(これは実際の人物に対するイメージではなく、言葉の範囲全体に対するイメージ)。一パーセントでも汚いなら、もう意味がない。古の処女信仰にも似た潔癖症。一回情を通じてしまえば百回通じてしまうのと同じだ。それならと露悪家になってしまうのは一番避けたいことだ。物事には程度というものがあるということを、人は往々にして忘れてしまうものだ。全てをさらけ出すことの快感に負けないように、『せめてマシ』でいられるように頑張りたいと思う。一番いいのは、極端に振れがちな性分だか障害だかに関係なく、百パーセント綺麗でいられることだが。